荒木精之と神風連 ― 東都で三島由紀夫研究会〔7月22日〕

7月22日(水)夕方、アルカディア市ヶ谷にて、三島由紀夫研究会第288回公開講座が開催され、荒岩宏奨氏(展転社代表取締役)が「荒木精之と神風連」と題して講演した。

荒木精之は神風連の研究者として名高いが、本人は「研究者」と呼ばれることに不満を抱いていたという。荒木が目指したのは、神風連の精神の継承であった。神風連は穢れなき尊攘精神であり、明治維新の後に続き昭和維新の先駆けとなるものだと位置づけていた。楠木正成の七生報国の精神で父祖の精神の継承を目指した荒木は、神風連の志士の墓探しに尽力する。

そんな荒木の活動に関心を抱いたのが三島由紀夫であった。三島は荒木を訪ねるべく熊本に赴き、荒木に神風連の活動について問う。三島と語り合った荒木は、三島が神風連に並々ならぬ関心を持ち、事前に相当の勉強を重ねてきたことに感動した。三島は神風連について「ガンジーの糸車を日本に求めるとしたら、神風連にあたる」と考え、その日本的精神のありかをわかりたかったのだ。

神風連は肥後国学の系譜を継承するもので、林櫻園の指導のもと国学・儒学・蘭学を学んでいた。決して西洋のことを知らなかったわけではなく、知った上で日本を守る決意を固めたのである。櫻園の死後、高弟の太田黒伴雄を中心に一党は結束。「神の命に従って国を治める」ことを目指した。ところが、明治政府は祭政一致の理想を放棄していく。太田黒の一党はそれに反発し、熊本鎮台を170名で攻撃。当初は優勢だったものの、徐々に押し返され、遂に敗れた。一党の中には銃で武装することを主張するものも居たが、あえて三種の神器の一つである剣で戦うことを誇りとした。

現代においても精神的な刃は必要である。グローバル化の中にあって、日本を守る敬神尊皇の精神が必要だ。現代に於て、それを実践した人物として、靖国神社の脇で自決した沼山光洋氏を挙げたい。神風連も沼山氏も運動の敗北を自覚したが、敗北が分かっていても起つことで後世に精神を残した。絶望しての死ではなく、次の世代が実現してくれるだろうという「後に続くものを信ず」の精神であった。(愚泥)

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