東京裁判の再検討 ― 東都にて王権学会の特別研究会〔10月3日〕

10月3日(土) 午後二時、文京区本駒込の曙町児童会館にて、王権学会の特別研究会「東京裁判を裁く」が開催された。

発表者は瀧澤一郎氏(元防衛大学校教授)、江崎道朗氏(評論家)と、ポール・ド・ラクビビエ氏(里見日本文化学研究所特別研究員)である。

まず、瀧澤氏が「東京裁判に対する共産主義の影響」と題して発表。東京裁判でソ連側の証人として選ばれた関東軍の瀬島龍三中佐・草場辰巳中将・松村知勝少将を取り上げた瀧澤氏は、帰国直後に自決した草場を除く瀬島や草場が、関東軍特種演習(関特演)や対ソ攻勢作戦計画について証言したことを指摘。さらに、佐々淳行氏の著書を踏まえ、瀬島は昭和30年代においてもソ連大使館員と密会していたことを指摘。また、民間人として訴追された大川周明は学生時代に「マルクスを仰いで師」としており、裁判においては狂人を装っていたと主張。その上で、ソ連の目的は「東京裁判による赤化工作」であると結論づけた。

続いて、江崎氏が「東京裁判史観とその変遷」と題して発表。①日本の責任、②ソ連・コミンテルン及び中国の責任、③大東亜戦争を支持したアジア諸民族、④欧米諸国の責任のうち、①のみを取り上げて重箱の隅を突く東京裁判史観は「視野が狭い」とする江崎氏は、戦後日本の近現代史認識は、GHQの「満州事変以降、日本は侵略国だった」から、遠山茂樹『昭和史』に象徴される「日本は明治以来、軍国主義だった」へと悪化し、その後、『講座日本史』ではアジア侵略や天皇の戦争責任と結び付けて論じられるようになり、ひいては、平成七年の村山談話において全責任は日本にあると認めてしまった。こうした風潮は、平成二十七年の安倍談話において幾分か改善されたものの、③を巡る展など改善されていない点もあると述べた。また、アメリカは一枚岩ではなく、上手く付き合っていく必要性を説いた。

最後に、ラクビビエ氏が「東京裁判を裁く 現場からみた東京裁判」と題して。このタイトルは、東京裁判の弁護士であり、國學院大学法学部教授であった瀧川政次郎の著書『東京裁判をさばく』に着想を得たという。「裁き手」は天主のみと述べるラクビビエ氏は、近代とりわけ第一次世界大戦以後の世界は、平和の精神を見捨てたと主張。東京裁判の判事としてはインドのパールが有名であるけれども、カトリックの立場からは、天主が定めた「自然法」に依拠して東京裁判の無効を宣言したフランスのベルナールにこそ目が向けられるべき、と指摘。ただ、その論理に基づくと、戦争に対する責任は連合国側にも日本側にも存在し、天皇にも責任があるということになるから、日本では忘れられた存在になってしまった。その上で、ラグビビエ氏は先に触れた瀧川の著書を引きつつ、①ニュルンベルグ裁判と同様の筋書に基づく劇としての東京裁判、②裁判当時から存在したパール判事への高い評価、③日本における西洋嫌いと劣等感・優秀感、④戦前日本における派閥争い及び軍部の暴走、といった側面について語る。最後に、「天皇不親政」という陋習に反し、聖断を下された昭和天皇は、自己犠牲の精神を示され、そのおかげで日本は亡国の危機を免れと指摘したラクビビエ氏は、皿木喜久氏の『軍服の修道士 山本信次郎』に言及し、日本がカトリック教会と協調することができていたら、歴史は変わっていたに違いないと結んだ。〔田口仁〕

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