1937年のアクシオン・フランセーズ ― 東都で昭和12年学会公開研究会(3月22日)

3月22日午後、ハロー貸会議室茅場町駅前にて昭和12年学会三月公開研究会が開催され、里見日本文化学研究所特別研究員のポール・ド・ラグビビエ氏が「1937年のアクシオン・フランセーズ」と題して講演した。

ポール氏は、最初に「アクシオン・フランセーズの主宰者であるシャルル・モーラス(1868‐1952)が、生誕百五十周年を迎えた2018年に、国家的偉人として公認されかけたが後に撤回されたことを取り上げ、日本における知名度の低さと、福田和也氏の『奇妙な廃墟』などで存在を知っていたとしてもカトリック教会から破門されたという悪名に目が向きがちであると述べた。

その上で、ラクビビエ氏はモーラスの生涯について紹介する。1868年に生まれたモーラスは14歳で耳が聞こえなくなるなど紆余曲折を経て1885年に17歳で文壇にデビューした。1898年、ドレフュス事件を契機としてアクシオン・フランセーズ委員会が創立され、モーラスも参加する。アクシオン・フランセーズは王政復古を主張したが、オルレアン家の「王太子」はアクシオン・フランセーズを否認。1937年(昭和12)にモーラスは代表的著作である『政治についての我が考察』を上梓する。ヒトラーに宥和的なミュンヘン協定を支持したことなどもあり、第二次世界大戦後、モーラスは終身禁固となる。その後、釈放されたものの、1952年に病死。

モーラスの思想に「体系化を嫌がり、原理原則を明らかにする」特徴があると指摘したラクビビエ氏は、「伝統とは引き継ぐことであり、権利でなく義務である」、「人々を保護してくれる不平等」といったモーラスの発言を紹介した。

講演後、司会の倉山満氏(昭和12年学会事務局長)から日本人には理解しづらいフランスの事情に関する補足説明があり、さらに、ファシズムの定義に関する質疑応答がラクビビエ氏と倉山氏との間で行はれた。また、会場からも様々な角度からの質問がなされるなど盛況であった。[田口仁]

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