沖縄は何を問うているのか(1)

花瑛塾顧問・木川智

本書は、平成三十年に急逝した前沖縄県知事の翁長雄志氏の政治思想に着目し、翁長氏が県知事就任以降、基地問題をめぐり「本土」(以降、煩を避け「本土」は単に本土と表記する)と鋭く対立する姿ばかりが人々の印象に残り、一部保守論壇や右派勢力から「反日」「左翼」「中国の手先」などといった悪罵を投げつけられるなかで、翁長氏が県知事就任以前と以降でその政治思想や政治的立場を「変節」させたのではなく、それは前職である那覇市長時代以来のものであることなど、翁長氏の政治思想の一貫性とその原点や発展を確認するものである。

同時に、本土における保守や右派、あるいは沖縄における保守や右派、そして左派系の翁長評の問題点を指摘し、総体として著者の思想的立場ともいえる保守、右派として本来沖縄とどう向き合うべきなのかを問う内容となっている。

翁長氏には自著として『戦う民意』(角川書店、平成27年)、シンポジウムでの基調講演などをまとめたものとして『沖縄と本土 いま、立ち止まって考える 辺野古移設・日米安保・民主主義』(朝日新聞出版、平成27年)、そして『創造への挑戦』(沖縄教販、平成15年)がある。また、急逝後、『魂の政治家 翁長雄志発言録』(高文研、平成30年)、『沖縄県知事 翁長雄志の「言葉」』(沖縄タイムス社、平成30年)など、翁長前知事の言行録が書籍化されている。

その他、翁長氏存命中に翁長氏の兄・助裕氏、父・助静氏に着目した松原耕二『反骨 翁長家三代と沖縄のいま』(朝日新聞出版、平成28年)が出版されている他、新聞や雑誌での翁長前知事に関する論評、あるいは急逝後の弔辞や評伝などは無数にある。

なかでも琉球新報では、平成31年3月から56回、「翁長雄志の軌跡 重荷を負うて道を行く」という翁長前知事の少年時代から亡くなるまでを追いかけた評伝が連載されている。

このように翁長氏の自著や言行録を含め、「翁長本」は数多あるわけだが、翁長氏の政治思想をストレートに取り上げ、その視点として県知事就任以前の翁長氏の発言や行動、政策を材料に、翁長氏の政治思想の一貫性や発展を見ていくとともに、その思想の中身に立ち入っていくのは、あるいは本書が初めての試みではないだろうか。

本書の構成は次の通りである。

はじめに
第一章 市長時代の発言に見える思想の一貫性と言葉の昇華
第二章 地方自治を訴えた県知事時代
第三章 左右論壇を検証する
第四章 翁長雄志の目指したもの、遺したものはなにか
終 章 御代代わりと沖縄
主要参考文献

第一章では、那覇市長時代の翁長氏の発言を振り返り、県知事就任以降の翁長氏の言動や行動との一貫性、そしてその発展や展開が確認されている。

例えば、県知事選挙で翁長氏が主張した「沖縄の誇りある豊かさ」という言葉は、那覇市長時代に翁長氏が発した「心の豊かさ」や「沖縄らしい優しい社会」との言葉にその淵源があること、また翁長氏の代名詞ともいうべき「オール沖縄」という言葉についても、やはり翁長氏が那覇市長時代、後のオール沖縄の前提ともなるような基地を挟んでの県民同士のいがみ合いの解消を目指す発言をしていること、さらには後のオール沖縄を想起させるような新しい政治勢力、しかもそれは国際情勢や日本の問題に翻弄されないものという、いわば沖縄の自己決定権を視野に入れた政治勢力の実現を企図していた事実が確認されている。

それとともに第一章では、翁長氏の保守・革新についての見解が分析され、翁長氏が那覇市長時代から革新を敵視しているわけではなく、むしろいつか手を取り合う相手と認識していたことを確認し、そうした保守・革新の合同が後の「イデオロギーよりアイデンティティ」という言葉であらわされ、それがまた「沖縄の誇りある豊かさ」の言葉と密接な関係があることなどが明らかにされている。

第二章では、県知事就任後の翁長氏の言動や翁長県政を扱い、翁長氏の政治思想にとって地方自治と民主主義、そして安全保障が非常に重要な柱となっていることが確認されている。

例えば、翁長氏は県知事就任後、国連で短時間のスピーチを行っている。そこでは辺野古新基地建設に関連し、自由・平等・人権・民主主義について訴えている。また、知事在任中に発生した米軍属による、うるま市の女性殺害事件においても、地方自治や民主主義の問題を訴えている。安全保障については、自著『戦う民意』で日米安保体制の重要性を十二分に理解していると述べている。

その上で翁長氏の地方自治の重視や地方自治を蹂躙する本土への反発については、翁長氏における米軍統治下の沖縄で先人が目指した「祖国復帰運動」への評価と関連づけられている。

第二章ではそれ以外にも、翁長氏の政治思想の形成と展開、発展における父助静氏と兄助裕氏の影響についても考察されている。

第三章では、左右の論壇における翁長論・翁長評を検証し、彼らの議論の問題点を指摘するとともに、特に沖縄の保守・右派勢力を中心とする目に余る翁長氏あるいは辺野古新基地問題をめぐるデマやフェイク・ニュース、あるいはバッシングについて、一つ一つ根拠に基づき誤りを正している。

例えば、翁長氏が行った国連でのスピーチについて、あたかも翁長氏が沖縄県民を「被差別先住少数民族」と表現したかのように沖縄の保守・右派勢力が取りざたしていることについて、翁長氏のスピーチ内容を確認した上で、翁長氏がそうした発言をしていないことを明らかにしている。あるいは翁長氏が県議会で自民党県議に「沖縄の米軍基地の多くは『銃剣とブルドーザー』で強制的に接収されたわけではない」との趣旨の追及をうけ、返す言葉もなくなったなどとまことしやかにささやかれていることについても、議会の議事録に基づき訂正している。

他方、著者は沖縄を「構成的外部」とする戦後レジーム、あるいは「戦後の国体」への鋭利な批判者として翁長氏を見るような左派論壇の翁長理解についても一定の距離を置き、保守・右派系論壇も含め、いずれにせよ翁長氏の「沖縄が日本に甘えているのか、日本が沖縄に甘えているのか」との有名な問いかけに当てはまる当事者意識の欠如を見る。

第四章では、翁長県政の総括がおこなわれている。辺野古新基地建設反対を訴える翁長県政のアキレス腱のようにいわれていたのが那覇軍港の移設問題、いわゆる浦添新軍港問題であり、那覇空港の滑走路増設(第二滑走路の新設)問題であるが、これについてはいわゆるSACO合意や翁長氏の発言、浦添市長の発言などを慎重に検討し、辺野古新基地建設とは同一視できないものと分析している。その上で、那覇軍港の民生活用や那覇空港の滑走路増設は、沖縄をアジア経済のハブとする翁長氏の重点政策であるが、それは翁長氏が晩年、辺野古新基地建設の埋め立て承認撤回を表明した際の会見での翁長氏の言葉、すなわち「アジアのダイナミズムを取り入れ、アジアが沖縄を離さない」の言葉と関連するものであり、沖縄をアジア経済のハブとすることにより中国の軍事的野心をくじき、また日本政府も沖縄の自治を尊重せざるを得ない状況に持っていくものと位置づけられている。

また、第四章では、著者の居住する愛知県に対し、著者を陳情者とする普天間飛行場の代替施設の受け入れ可否を日本全国の自治体で検討する意見書案、さらに具体的に中部国際空港の候補地でもあった同県某市の沖合を代替施設の受け入れ先とすることの可否を検討するよう要望書案が記されている。

なお、はじめにと終章については他の各章と比較して分量も限られているため省略する。

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