座談会「平成人による平成論」(3)阪神大震災と地下鉄サリン事件

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阪神・淡路大震災

金子:続いて、「画期としての平成7年」について話し合ってみたいと存じます。まずは、阪神大震災。

実を言うと、阪神・淡路大震災が起こったのは私が京都大学を受験する年のこと、ちょうどセンター試験の直後でした。一方、東日本大震災の時は京都に住んでおりまして、どちらの震災も経験していないんですよ。清原さんは、大震災の時は大阪にいたんでしょう?

清原:私は全く逆で、阪神と東日本の両方を経験しました。

山本:それはすごいですね。

金子:大震災の時、どんな感じだった?

清原:もちろん、あんな大きな地震は初めての経験でしたが、高速道路が倒壊している映像の視覚的なインパクトが最も記憶に残っています。

あともう一つ。父親は鉄道の設備関係の仕事をしていたんですが、おそらくはバブル崩壊の影響で減っていた仕事が大震災後の復興事業で仕事が増え、多忙になったという記憶があります。

自分が住んでいたのは大阪府の南部ですから、震災の当日も普通に学校に行きましたし、授業もありましたが、震災から何日か経つと親戚を頼って神戸あたりから被災者が引っ越してきました。それに伴って子供が転校してくるんです。それを皆、「疎開」と言っていましたけど、気の毒ですよ。もう3学期で卒業直前の子もいたと思うんです。自分のクラスにも居たような気もしますが、何人もの子どもたちが、あの時期自分の小学校に転校してきたということは凄く印象に残っています。

金子:その話を聞いていて思い出したのだけど、京都大学の2次試験を受けるため京都のホテルに泊まった際、同じく京都大学を受けるという神戸出身の女の子に話し掛けられたんですよ。その頃、まだ神戸から京都への鉄道は復旧しておらず、わざわざホテルに泊まらないといけないと言うんですよ。

その子に限らず、そういう受験生は何人も居たんだろうと思います。中学時代は鉄道研究同好会に所属し、全国各地を鉄道で旅していた私は自宅以外のところに泊まることは慣れていましたが、慣れぬホテルで夜を過ごした結果、落ち着いて試験を受けられず、そのせいで不合格になってしまった人が居たかもしれない。もし大震災がなく、神戸周辺の受験生が万全の状態で試験に臨んでいたら、その人たちが合格し、結果として、私が不合格になったかもしれない。後になって、そんなことを思いました。

同じタイミングで神戸大学に入学した高校の同級生が居て、彼の下宿があった六甲に復旧したばかりのJRで遊びに行ったのです。震災から4ヶ月以上経っているにもかかわらず被害の痕跡が目立つ様子を見て、これは容易ならざることだと思いました。

当時、神戸の人々が受けた衝撃についてはメディアでも語られていますが、周辺地域にも少なからぬ影響を与えていたわけですね。

地下鉄サリン事件

金子:続いて、地下鉄サリン事件。個人的には、こちらの方が衝撃的でした。

事件の日、私は父と青森県に居ました。大学の合格発表が終わって引っ越しの準備を始めた私に、父が旅費を出してやるから東北地方へ行こうと言い出したんですよ。私の曽祖父は岩手県・花巻の出身で、その曽祖父が地所を購入した青森県・小湊(現在の東津軽郡平内町)に父は戦時中に疎開していました。

そうした金子家の歴史を巣立っていく息子に伝えたかったのでしょう。

私は旅費を出してやるという条件に食いついて、花巻から釜石に出て三陸海岸沿いを八戸まで北上するというルートで父と旅をしました。東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた地域です。

それはともかく、父の勤務先は東西線と日比谷線が交わる茅場町駅の近くにありまして、旅行に行っておらず通常通り会社に出勤していたら日比谷線の列車に散布されたサリンを浴びていたかもしれません。

サリン事件について、既に大学生であった山本さんは、どんな印象を持っていますか?

山本:ちょうど大学3年か4年になる頃だったので、鮮明に覚えています。大学の研究室の引っ越しがあったのですが、遅刻する学生が続出して、どうしたんだろうと思っていたら、地下鉄で大きな事件があって動かないというだけのことでした。それが、家に帰ってテレビを点けたら、とんでもないことになっていたという印象です。

オウム真理教については、皆さんは事件を巡る印象のほうが強くて、その前は忘れ去られている部分があるんですが、どちらかというと茶化されていましたよね。修行をすれば空中浮遊が出来るようになると主張したりとか、勝ち目もないのに選挙に出たりとかいうところで小馬鹿にされており、まさかこんな大それたことを実行することはないだろうということで、そっちの衝撃のほうが大きかったです。

金子:確かに。オウム真理教は真理党という政党を設立して、麻原は中選挙区時代の東京四区(渋谷区・中野区・杉並区)から立候補しているんですよ。変な被り物をしてパフォーマンスをやったり、麻原を美化した漫画を配布したりしていたことを覚えています。

それから、オウム真理教がパソコンショップを経営していたことを覚えていますか?

山本:ああ、事件の前からやっていましたか。

金子:《マハーポーシャ》という社名でね、調べてみたら平成4年の創業らしい。秋葉原とかに店舗を構えていて、大手メーカーのものより安いという評判で、マニアの間では名が知れていたという。

(つづく)

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