座談会「平成人による平成論」(4)コンピュータの普及

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ファミリーコンピュータの登場

金子:オウム真理教がパソコンを売り捌いていた時点では、「Windows95」は未だ発売されておらず、パソコンはオタクの領分でしたね。

でも、コンピュータじたいはゲーム機という形で家庭内に浸透していました。ファミリーコンピュータが任天堂から発売されたのは昭和58年のことで、私が小学校3年生の時ですが、親に買って貰えなかったこともあり、私は殆ど遊んでいません。

山本:私も全然コンピュータゲームで遊ばなかったんだけど、そういう特殊なヤツが右翼になるんじゃないですか(笑)。

金子:他の皆さんは、コンピュータゲームを買ってもらいましたか?

清原:はい。

佐波:はい。

金子:小野さんは?

小野:買ってもらいました。

金子:人並みにやった?

小野:人並みにやったんじゃないかと思いますよ。

山本:図書館の本を読み耽っていたような印象があるから、少し意外。

金子:ファミコンから始まって、スーパーファミコンやらプレイステーションやらいろいろと出てくるじゃないですか、私には区別がつかないんだけど…。

山本:そうした流れの中で、社会評論をする人が何でもかんでもゲームの影響だと言い始めるようになったんですよ。それが事実かどうかはともかく、メディアにおいては一般的な論調となりました。

金子:宮崎勤の事件は何年ですか?

−−−−平成の初頭ですよ。

山本:そうだ。ちょうど僕が高校に上がった年だから、平成元年の前後だったはず。

−−−−宅八郎が「オタク評論家」を名乗って活動し始めた時期ですね。

山本:そうだ。まさに宮崎勤の事件は、平成の始まりを象徴する事件であったかもしれない。

金子:あの事件が契機となって、ゲーム・アニメが好きなヤツは「オタク」即ち犯罪者予備軍というステレオタイプが社会的に定着した。

山本:そうですよね。昭和の終わりくらいまでは、アニメ好きな大人は面白い、茶目っ気があるという程度の扱いだったのが、あの事件を契機にガラリと変わったよね。

金子:その一方で、ゲーム会社は儲かっていてね。私には昭和45年生まれの姉が居るんだけど、彼女が平成4年に大学を出て、ナムコ(現在は、バンダイと合併してバンダイナムコとなる)に就職して、新入社員でありながら結構な給料を貰っていたんだよ。

何ともチャラチャラした世界に入ったもんだと思って、「あんたの仕事は虚業だ」とか「資本主義に毒されている」とか言ったものだけど、生活必需品を生産するのではなく、ゲームという不要不急の存在しなくても生死に関係ないものを生産して莫大な利益を生み出す産業構造が成立したわけで、「昭和」との断絶を感じるね。

コンピュータと教育現場

金子:ファミリーコンピュータは文字通り「ファミリー」即ち「家庭」向けだったわけですが、ここでコンピュータと教育現場との関わりについて触れたいと思います。

私は中学時代に鉄道研究同好会に所属していたと先ほど言いましたが、パーソナリコンピュータ研究同好会というのもあって、プログラミングとかをしていました。高校に進学して、数学の授業でコマンドの入力方法を少し教わりましたが、よく分からなかった。

山本さんは如何でしたか?

山本:ちょうど私が、大学に入学したのが平成4年でしたが、当然のことながらパソコンは普及していませんよね。けれども、これからはパソコンの時代であると先を見越していて、教員免許を取るには情報教育が必要だと大学当局が判断したのか、そういう講義を受けることができました。当然、まだ「Windows95」は開発されていませんから、真っ黒な画面にコマンドを打ち込むというものでした。

佐波:私は平成5年の時点で中学2年生だったんですが、パソコンの授業があって、生徒二人につきコンピュータが一台あって、コマンどを打ち込んだりはしていましたね。

山本:小野さんや清原さんの年齢になると、学校教育で二人とも「Windows95」を扱ったりしていたのですか?

小野:高校に入ってからじゃないですかね。

清原:私は、中学・高校の授業でパソコンを触った記憶が全くないんですよ。家にはありましたけど…。

山本:独学で身に付けたということですよね?

清原:そうですね。ただ、大学ではノートパソコンの所有が義務付けられていましたから、入学直後のガイダンスなどで基本的な指導を受けました。

山本:パソコン持っているのは一部の金持ちだけとか、そういう格差はなかったですか。今では、誰でも持っているようですが…。

佐波:パソコンの普及で、大学におけるノートの貸し借りを巡る遣り取りも変わりました。以前は紙のノートに手書きしていましたから、「授業を休んでしまったからノートを見せて」と頼まれたら、紙のノートを貸して、コピーをした後で返して貰うという一連の手順が必要でしたが…。

山本:ええ。そうですね。

佐波:現在、私が通っている大学での出来事です。クラスメイトに「授業を休んでしまったから、コピーしたいのでノートを貸して」と頼んだら、「じゃあ、ワードファイルをLINEで送るね」と言って、パソコンで打ったワードの文章がLINEで送られてきて、貸してと言った十秒後には手に入ったんです。これにはびっくりしました。時代は変わりますね。

山本:すごいですね。

金子:手書きで書かれた紙のノートをスマートフォンのカメラで撮影するんだと思ったら、そうじゃないんですね。

山本:そうじゃないんですか。

佐波:パソコンでノートを取っているんです。

金子:「ノートのデータを貰う」わけだから、「ノートを借りる」という言葉じたいが廃れるな。

清原:最近は、パソコンでノートを取るどころか、講師の板書をスマートフォンで撮影して終わりという人もいますよね。

金子:年配の講師の中には、それをやると怒る人が居るでしょう?

清原:手で書かないどころか、キーボードさえ打たないなんて、知識が身に付かないと?

金子:そう。ワープロが一般化していく中で、自分の手で書かないと馬鹿になるという主張があったよね。それとの関連で云えば、辞書も変わったな。紙の辞書を日常的に引いていたのは、昭和50年生まれの私くらいまで?

清原:そうですね。高校生の時には紙の英和辞典を持って登校しましたが、大学生になってからは紙の辞書を鞄に入れて登校したという記憶は全くないし、図書館でそれを引いたという記憶も殆どないです。

佐波:そうですね。

山本:一応、教育用の出版物としては、中学生用・高校生用の辞書は出ていますけれども、実際に使っている人は殆ど居ないということですか、今は。

小野:周りは電子辞書を使っていましたが、わたしは頑なに紙の辞書を使っていました。

金子:私が学生の頃は、紙の辞書を引かないと英単語を覚えられないなどと言われたけど…。

清原:そう言われましたね。

金子:でも、今は学校現場でも電子辞書を使っているんじゃないの?紙の辞書に対して電子辞書が優れているのは、音が出るということ。これは、外国語の辞書としては優位でしょうね。紙の辞書で発音記号を確かめても、聞き取れるようになるわけじゃない。やはり、耳で覚えるしかない部分があるから。

山本:これ、語学としては重要だよね。

――――とは言え、今は電子辞書すら使ってないんじゃないんですか?

清原:グーグルで、何とかなっちゃうから。

佐波:スマートフォンの辞書アプリを使うと、発音も聞けるんですよ。

金子:ああ、なるほど。

佐波:スマートフォン一つに、必要な全ての機能が収まっているわけですよね。

(次号につづく)

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