【書評】植村和秀 著『日本のソフトパワ ー 本物の〈復興〉が世界を動かす』

「ソフトパワー」とは?
先日のIOC 総会において、二〇二〇年夏期オリンピックの開催都市が東京に決定した。落選したイスタンブール(トルコ)やマドリード(スペイン)が開催地としての資質を欠いてゐたわけではない。東京にしたところで福島第二原発事故の後始末など課題は山積みである。韓国などは露骨に妨害工作を展開してゐた。にもかかはらず、IOCの委員たちが東京を選んだのは、日本に対する信頼感ゆゑであらう。

かうした「強制や報酬ではなく、魅力によつて望む結果を得る能力」(三頁・原文は当用仮名遣ひ)を、アメリカの政治学者ジョセフ・ナイは、軍事力や経済力などの「ハードパワー」に対して「ソフトパワー」と名付けた。植村氏は、本書において「人間で言へば、体力や経済力とは別の、人柄の魅力と信用のやうなもの」として「国柄」と訳してゐる〔三頁〕。個人的には「国柄の魅力と信用のやうなもの」とするなら「国の徳」と呼ぶ方が良いのではと思ふが、いづれにせよ、日本の「国柄」=「ソフトパワー」を如何にして高め、世界に貢献していくべきか、植村氏は近代日本の蹉跌を踏まへながら思索を展開する。

近代日本の蹉跌
日露戦争における勝利によつて、我が国の「ソフトパワー」は世界の人々を動かした。「小さな国が大きな国に勝ち、有色人種が白人に勝ち、立憲国家が専制国家に勝つ」といふ分かり易い実績を背景に、「天皇を中心に団結する建国の理念や、西洋化しつゝも自己の伝統を失はないライフスタイル」が注目され、アジア各地から留学生や政治活動家が来日するだけでなく、後に地政学を提唱するハウスホーファーなど欧米人にも影響を与へた〔七十四頁〕。

だが、「ロシアに打撃を与へたとはいへ、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどの国々は、途方もなく強大なまま」であつた。アジアの解放者として「ソフトパワー」を発揮しようにも、「ハードパワー」の裏付けを欠いてゐたため、「日本は内向きとなつて、内向きであるがゆゑに内輪もめを深刻化させて」いく〔七十五頁〕。

それに対し、共産主義革命に成功したソ連は「民族解放」を唱へ、アメリカも「門戸開放」というスローガンを掲げる。一方、既得権益を有するイギリスは「静かに目立たぬやうに用心」する。結果として、「日本だけが古い帝国主義の姿のまま、中国に取り残されて」しまつた〔八十八頁〕と植村氏は述べる。

かうした内向きな姿勢は、大東亜戦争に至るまで払拭されなかつた。東京で大東亜会議を開催するなど「ソフトパワー」の活用を図る動きも見られたが、「共存共栄」といふ総論を示すに留まり、アジアの理念を大胆に謳ひ上げることはできなかつた〔拙稿「『アジア的様式』とは何か」(本誌十月号)参照〕。

大東亜戦争において、日本は「ハードパワー」を使ひ果たした挙げ句に未曾有の敗戦を迎へる。だが、「冒険を控へてひたすら現実的に、あるひは現実に追随して戦後期を過ごし」た結果、経済力の面では世界を動かすほどの「ハードパワー」を手中にした〔百二十九頁〕。

天皇と「ソフトパワー」
そんな時、東日本大震災が発生する。甚大な被害を受けつゝも冷静さを失はない被災者の様子が世界中に感銘を与へる一方、菅直人首相を始めとする日本政府の無能さも世界中の知るところとなつた。この点に関して、植村氏は「大震災後の政府の対応で欠けてゐたのは、内閣総理大臣による根本的で、全体的な演説だつたのではないでせうか」〔三十九~四十頁〕と述べてゐるが、そのやうな発想には違和感を禁じ得ない。

神武肇国や大化改新は云ふまでもなく、明治維新に際しての「五箇条の御誓文」にせよ、大東亜戦争敗戦に際しての「玉音放送」にせよ、そして東日本大震災に際しての「お言葉」にせよ、日本国の根本的かつ全体的な指針は天皇によつて示されてきた。そして、国民は示された指針を自発的に守つてきた。それは、たかだか権力闘争の勝者に過ぎぬ首相の為し得ることではない。かゝる君民一体の基本構造は今も変はらない。

また、植村氏は「復興」を「ソフトパワー」の基軸としたいやうであるが、勅旨により伊勢神宮で繰り返されてゐる御遷宮こそ「復興」の神話的再現ではないか。

天皇の存在感は海外に向けても示された。先のIOC総会に皇族であられる高円宮久子妃殿下が御出席なされず、安倍晋三首相や滝川クリステルなどのスピーチのみだつたとしたら、果たして東京へのオリンピック招致は実現し得たであらうか。IOC委員とも親しいフェリペ王太子を擁するマドリードに敗北して不思議ではなかつた。まさに、これこそ「ソフトパワー」ではないのか。

以上、「ソフトパワー」といふ側面から見て、天皇が今日においても日本国の統治者であることは否定しようのない事実だ。

金子宗德(かねこ・むねのり)里見日本文化学研究所主任研究員

月刊『国体文化』(平成25年11月号)掲載

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