「国体」の語をもてあそぶな!白井聡氏の『国体論 菊と星条旗』を斬る(前編)

商業論壇誌の凋落ぶりが甚だしい。

その理由は色々と考えられるけれども、端的にいえば金を払ってまで読むべきものが掲載されていないからだ。

書き手の顔触れは10年前とほとんど変わることなく、その内容も同工異曲。その割に厚さがあり、書棚の中で邪魔になる。それゆえ、わが研究所でも商業論壇誌の定期購読を打ち切ったが、さしたる実害はない。

左派論壇誌の「期待の新星」

そんな情況を打開すべく、出版社も若手の登用を図っている。その一人が、白井聡氏だ。

音声認識の第一人者で早稲田大学の総長も務めた白井克彦氏の子として生まれた白井氏は、早稲田大学政治経済学部を経て一橋大学大学院社会学研究所に進学。博士課程終了後の平成19(2007)年に講談社から『未完のレーニン 〈力〉の思想を読む』を上梓し、左派論壇における「期待の新星」として世に出る。

その後、平成25年(2013)年に太田出版から『永続敗戦論 戦後日本の核心』を刊行。同書により石橋湛山賞・角川財団学芸賞などを受賞した白井氏は、「新進気鋭の論客」という位置を確立する。

杜撰な引用と論評

この『永続敗戦論 戦後日本の核心』について、 私は本誌平成26年8月号で俎上に載せた。

というのも、里見岸雄の「国体論」に関する看過し難い事実誤認があったからだ。

白井氏は片山杜秀氏の『国の死に方』(新潮社・平成24年)の記述を踏まえ、次のように主張していた。

里見の国体論は、戦時中多数輩出した神懸り的かつ無内容なイデオローグのそれとは異なる。里見は、そのタイトル(『国体に対する疑惑』『天皇とプロレタリア』など)からして異彩を放っている著書において、戦前喧伝された「天皇陛下の赤子」や「一君万民」、「一視同仁」といった概念を真に実現する方法(つまりは抜本的社会改革)を追究しようと試み、これらの概念を弄ぶことにのみ熱心なイデオローグたちを容赦なくこき下ろした。ゆえに、この「犠牲を強いるシステムとしての国体」という理論も、空疎なものではない。/片山の整理に従えば、里見の理論は国家を二つの社会によって構成されるものとしてとらえており、それはモダンな論理構成を持っている。

だが、里見は「犠牲を強いるシステムとしての国体」などといっていない。

里見が指摘したのは、ヨーロッパでは消滅した「利害に基づかない、本当の犠牲的結合たるゲマインシャフト」が「古今いずれの国家にも見ることが出来ない君臣の立体的構造をもって」日本に存在していること(『国体学入門』昭和17年)であり、白井氏は完全に誤読している。

自ら原典を紐解くことなく、片山氏からの孫引きで済ませた結果だ。この書評を掲載した本誌を出版社気付で白井氏に送ったが返信はなかった。

里見岸雄の真意とは

その後、調査を重ねたところ、里見の所蔵していた『社会科学大辞典』(改造社・昭和5年5月)に興味深い記述を見つけた。

共同社会は時として犠牲社会と呼ばれることがある。外国においても、共同社会は、その用語が一定していないに依っても知ることの出来る通り、異なった意義に用いられている。これは学名が共同社会と之に対照せしめられる集合社会又は利益社会を如何にして区別するかに依って生じて来るものである (220頁)

これは、新明正道(東北帝国大学教授)がゲマインシャフトの訳語である「共同社会」について論じている一節だが、栞が挟み込んであり、それに続く「その内部において社会が個人の目的と化するところにある」という「共同社会」の特徴を論じた部分に傍線が引かれていたことからして、里見が「犠牲」という語を「ゲマインシャフト」との関係で使っていたことは明白である。

感覚の鋭敏さは認めるが…

平成28年8月8日午後3時、今上陛下が「お言葉」を発せられた。

この「お言葉」は陛下の国民に対する御下問というべきものであり、多くの日本国民が真剣に向き合った。

その結果は、本誌の平成28年9月号および10月号に「『譲位』に関する発言・論文集成」として掲載したが、白井氏の発言も収録されているので、その一部を紹介する。

「お言葉」を通じてわれわれが知ったのは、象徴天皇制とは何であるのかについて、いかに何も考えてこなかったか、ということだったのではないか。/(中略)われわれは常識のなかに胡坐をかいて思考停止に陥っていたのかもしれない。いつものように、今上天皇の言葉は穏やかであった。にもかかわらず、その姿に、私は一種の烈しさを感じ取った。/「お言葉」は発せられた。敗戦国で「権威ある傀儡」の地位にとどまらざるを得なかった父(昭和天皇)の代に始まった象徴天皇制を、烈しい祈りによって再賦活しつつ、時勢に適合しなくなったその根本構造を乗り越えるために何が必要なのかを国民に考えるよう呼び掛けた。もしもこれに誰も応えることができないのであれば、天皇制は終わるだろう。現に国民が統合されていないのならば、「統合の象徴」もありえないからである。われわれはそのような岐路に立っていることを、「お言葉」は告げている。(『週刊新潮』8月25日号)

「譲位」の御意志に対して批判的な反応を示すばかりだった自称保守派に比し、今上陛下の危機感を汲み取ろうとする白井氏の感性は鋭い。また、「天皇制」という表現は別にして、天皇と国民との関係性を巡る認識も正当だ。

陛下の御下問に対して国民が不誠実な 態度を採り続けるなら、「日本国体」は瓦解するに違いない。

▽「譲位」に関する発言・論文集成①(「国体文化」9月号収録)http://www.kokutaigakkai.com/h2809shusei/

「譲位」に関する発言・論文集成②(「国体文化」10月号収録)http://www.kokutaigakkai.com/h2810shusei/

(後編に続く)

金子宗德(かねこ・むねのり)里見日本文化学研究所所長/亜細亜大学非常勤講師

この記事は、月刊「国体文化」平成30年6月号に掲載されました。

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