「自由主義」・「資本主義」という敵 ― 東京都内で王権学会公開研究会〔11月27日〕

11月27日、文京区の本駒込曙町児童会館にて第五回王権学会が開催された。

まずは、ポール・ド・ラクビビエ氏(里見日本文化研究所特別研究員)による「自由主義を斬る」と題する発表。今日、自由主義は世界中でよい意味で捉えられており、保守派の思想とされているが、二十世紀までは左派の思想であった。果たして自由主義は自由を守るのか、ということを改めて考えて見なければならない。人権宣言は「人は生まれながらに自由である」としているが、赤ん坊は周りに依存しなければ生きていけない。赤ん坊だけではなく、人は社会に依存し、社会なくして生きていくことはできない。自由は民主主義の産物であり、民主主義がもたらしたのは総力戦の悲惨な戦争であった。自由主義は「自由」そのものを神格化し、人間を超越する存在を忘れさせた。

続いて、小野耕資氏(里見日本文化学研究所研究員)による「資本主義の超克」と題する発表。島崎藤村の小説「夜明け前」に典型的に表れているとおり、明治維新は植民地化の恐怖に対抗するため、文明開化の名のもとに国体思想を切り捨てた側面があった。切り捨てられた側は明治政府に反抗して蹶起を起こしたが、西南戦争に代表とされるように悉く敗れ去った。そこで言論、輿論喚起活動で勝負とばかりに沸き起こったのが自由民権運動だった。そのため自由民権運動は右翼の源流でもあり左翼の源流でもある。明治時代までは右翼と左翼の区別はなく両者はほぼ一体であった。それがソ連の成立により「反共」と「共産主義」に引裂かれていく。老壮会の成立や近衛文麿の昭和研究会など戦前にはいくつか右翼と左翼をまたいだ動きはあったが、長く続く者にはならず敗戦となった。戦後は完全に冷戦体制化に置かれ右翼と左翼に分化された。しかしグローバリズムがここまで進んだ今日、資本主義で国が守れるのか。グローバル化は避けがたい流れかもしれないが、そこに維新期と同じ危うさはないのか。〔愚泥〕

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