続・保守に対する疑惑(第37回国体文化講演会講演録)

里見日本文化学研究所主任研究員 金子宗徳

改めて疑問を呈す

五年前にあたる平成二十年七月三十日の国体文化講演会で「『保守』に対する疑惑」と題して講演しており、今回は続講という位置付けになります。この五年間で情況は大きく変化しましたし、私の物の見方も「成長」というのは烏滸がましいですが少なからず変わりました。そうした点も踏まえつつ、私の所信を披瀝して皆様の御参考に供したいと思う次第です。

「支那が悪い」、「NHKはケシカラン」と言い募るだけでは、この現状を打破することはできません。社会的現実を批判し、乗り越えていくためには、現実を精確に見通すための理論的枠組が不可欠です。というわけで、現状に対する時務論と認識の前提となる形而上学との間を行ったり来たりして分かり辛い点もあるかと思いますが、宜しくお付き合い下さい。

この五年間を振り返る

さて、この五年間を振り返ってみましょう。一口に言えば、いわゆる「保守」勢力が退潮していった時期です。平成十九年七月に行われた参議院議員選挙において自民党が大敗北を喫し、同年の九月に安倍さんが政権を投げ出した。それを受けて、安倍さんと同じく自民党清和会所属でありながらリベラル色の強い、福田康夫さんが首相を務めていた時期です。「衆参ねじれ国会」の運営に悩んだ福田さんは、民主党の小沢代表と大連立を画策しますが上手く行かず、「あなたとは違うんです」とか言って前回の講演から約一カ月後の九月に辞任します。その後、麻生太郎さんが首相に就任したものの自民党は退潮し続け、民主党政権が成立してしまいました。

この五年間、あるいは以前から、「保守」を自認する人々の間で様々な対立が起こっていました。例えば、ニューヨーク同時多発テロへの制裁としてアフガニスタンを攻撃したアメリカの行動を肯定するか否かという対立が生じました。産経新聞が対テロ戦争の必要性を説く一方、雑誌「発言者」や「月刊日本」は政府の対米追従路線を厳しく批判しました。これと重なる形で、経済政策における対立も存在します。市場原理に任せれば上手く行くはずだから規制などすべきではないという議論に対し、市場は暴走しかねないので適切な規制が必要だという議論も根強いですね。安倍政権の中にも、前者の流れを汲む「競争力強化」派と後者の流れを汲む「国土強靱化」派が存在します。

それ以上に深刻な対立を引き起こしたのは、皇位継承の問題です。皆さんもご承知の通り、悠仁親王殿下が生まれる前まで皇室には未成年の皇族は女性しかおられませんでした。そうした状況の下、これまでは男系男子で継承されてくるのが原則だったけれども、このままでは皇位継承者が不在となり、皇室がなくなってしまうのではないかという危機感が強まりました。では、どうするか。直系による継承こそ重要であり、男系・女系の相違は本質的な問題ではないという議論がある一方、男系男子による継承は何が何でも守らねばならず、いわゆる旧皇族、遠縁ということもあり大東亜戦争敗戦後に皇籍離脱を余儀なくされた方々、もう敗戦から七十年ほど経っていますから実質的には孫世代ということになりますが、そういう由緒ある方々に皇族となって頂こうという議論もあります。

運動体に目を移しますと、《新しい教科書をつくる会》の混乱がありました。偏向教科書の是正を目指して「保守」を自認する学者が結集し、一時期は非常に盛り上がっていたにもかかわらず、主導権争いから分裂騒動に至りました。また、講演会に来ては溜飲を下げる「保守」運動に慊らぬ思いを抱いた若者たちの中から街頭でのデモ行進を主体とする「行動する保守」という動きも生まれています。

かくも「保守」が分裂するのは何故か。「保守」と云ったところで、「何を保守すべきか」について認識が一致しないからです。左翼リベラルに対抗する運動論として大同団結を説く方も居られますが、根本的なところで意識を共有できない人間どうしが大同団結などできません。自己および自己を取り巻く社会や世界を統一的に把握しようとせぬから、個々の出来事に一喜一憂し、少し意見の違う人を見ると、あいつは国体を破壊しようとしているといった議論になるわけです。そういう人に限って、「日本国体」が如何なるものか突き詰めたことがない。

やはり、「日本国体」とは何か突き詰めていかなければならない。さらにいうと、「日本国体」についての理解が深まれば、この国体を破壊しようという勢力が如何なるものか、当然のことながら明らかになるわけです。それでは、いったい「日本国体」とは如何なるものか。私は里見岸雄博士の説に従うものですが、一言で表現するならば、「天皇を中心として万人が共存共栄する国家の姿」と言えるでしょう。もう少し丁寧に云うと、天皇を中心として各人が共存共栄するという価値規範であり、それを現在まで継承してきたという社会的事実です。これこそがわれわれの継承すべき「日本国体」である、保守すべき「日本国体」であるということであります。

今日、そうした共存共栄原理としての国体が揺らぎつつある。いったい誰によってか。この点について私は五年前から申し上げてきたのですが、高度資本主義を背景とするネオリベラリズムやグローバリズム、具体的には政界、官界、財界、学界、報道界に巣食う国家意識なき戦後エリートたちです。

続きは月刊『国体文化』2月号をご覧ください。

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