「敗戦」の神学 ― 長谷川三千子著『神やぶれたまはず』を読む

「戦争」の悲惨さを説くことの不毛

毎年、八月十五日が近づくと、「先の大戦」=大東亜戦争に関する報道が増える。その中で、「戦争」を体験したと称する老人たちが「戦争の悲惨さ」を説く姿を見るたび、どうにも違和感を禁じ得ない。
昭和二十年八月十五日の「終戦」から数へて今年は既に六十八年。今の時点で七十代後半の人も、当時は小学生だつたといふことだ。自らが小学生だつた時のことを思ひ出してみればよい。甚だ記憶は漠然としてゐる。八十代の人であつても当時は十代だ。いくら記憶が鮮明だつたとしても、社会の中で十分に役割を果たしてゐたとは云へぬ。かくも曖昧な、あるいは極私的な「体験」を回想するだけでは、「先の大戦」をトータルに把握することはできぬだらう。

確かに、「戦争」とは破壊行為であり、時には「死」をも覚悟せねばならない。しかし、たとへ「戦争」が終はり、「平和」になつたとされる今日においても、人間は「死」から逃れることはできぬ。そのことを、我々は東日本大震災により改めて確認した。
また、「戦争」には相手=「敵」が存在する。自分が「戦争」を否定しても、「敵」が「戦争」を望む可能性もあらう。「敵」に屈服すれば「戦争」は終はるが、それは「敵」に生殺与奪を委ねるといふことだ。
かうした「戦争」と「死」を巡る冷厳な事実を直視することなく、たゞ「戦争の悲惨さ」ばかり語つたところで、議論は深まらない。
我々は、確固とした、しかも民族共通の「体験」を踏まへて大東亜戦争と向き合はねばならぬ。

日本は滅亡の瀬戸際にあつた

昭和二十年八月十五日、「ポツダム宣言」受諾の大詔が昭和天皇の玉音を以て国民に渙発せられた。
「ポツダム宣言」を見ると、「吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スヘク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スヘシ」、「吾等ハ日本国政府カ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ……同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス」といつた恫喝的言辞が並ぶ。
これは、降伏勧告と云ふよりも脅迫状だ。その上、見せしめの如く広島や長崎に原爆が投下される。
かうした情況下、ポツダム宣言を受諾して降伏すべきか否か御前会議の意見は割れた。天皇を戴く「国体」が護持される確信が持てなかつたからだ。最後は、「世界の現状と、国内の事情とを充分検討した結果、これ以上戦争を継続することは無理だと考へる」、「自分はいかにならうとも、万民の生命を助けたい」といふ御聖断が下り、ポツダム宣言を受諾する。
終戦の詔勅に「尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ」とあるが、これは何の誇張でもなかつた。

「敗戦」といふ共通体験

日本は「先の大戦」に敗れた。そして、国家滅亡の瀬戸際まで追ひつめられた。我々は、この共通体験から出発せねばならぬ。
日本社会の徹底的改造を目指すGHQは、「日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス」、「日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」といふ「ポツダム宣言」の規定を振りかざし、戦争指導者を犯罪者として裁き、大日本帝国憲法や教育勅語を排除した。そればかりか、皇室の弱体化まで図つたが、日本に拒む術はなかつた。

(以下、小見出しのみ)
「昭和二十年八月十五日正午」の意味
折口信夫の惑乱
「絶対性」とは何か?
「天籟」を聴く
屈折した思ひ
死を覚悟する「神」
我々は「たきぎ」から降りたのか

続きは、月刊『国体文化』(平成25年9月号)をご覧ください。

金子宗德(かねこ・むねのり)里見日本文化学研究所主任研究員

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