矢作直樹『天皇』

矢作直樹『天皇』

■人心の変化

評者の右上前歯は義歯である。およそ三十年前、小学校三年生の時だつたか、同級生に殴られて大きく欠けたのが原因だ。そも〳〵の原因が私の発言にあつたこともあり、両親は相手側の謝罪を受け入れて自費での治療を選択した。
先日、この話を若い友人にしたところ、今ならば折られた側の親が加害者側に損害賠償を請求するだらうと言はれた。
同じやうな意識の変化は、東大病院の救急部・集中治療部部長として今上陛下の治療にも携はる矢作氏によれば、医療現場でも生じてゐるらしい。誠意を尽くしながらも不可抗力により患者が亡くなつた場合、以前であれば家族も已むを得ないことゝして受け入れたが、昨今は数十万に一人とされるケース、なほかつ発生可能性について事前に同意を得てゐたとしても、家族の理解が得られ難いといふ。
かうした人心の変化について、矢作氏は次のやうに述べてゐる。

もちろん、これらは医療に限つた話ではなく、聞くところではサービス業や製造業はもちろん、社会通念として浸透してゐるやうです。利益の追求が何より優先され、「公」よりも「個人」に重きを置く社会とでも言へばいいでせうか。
私は、このやうな「個」を優先する価値観になつた理由には、日本人が天皇陛下の存在を意識しなくなつたからではないかと考へてゐるのです。
〔原文当用仮名遣ひ、以下同様〕

別の部分で、矢作氏は天皇陛下について無私の精神で国民の安寧と世界の平和を祈られる御存在と評してゐる。そのやうな御存在を国民が意識しなくなつたゝめ、個々人がバラバラとなり、エゴの追求を何ら恥ぢなくなつたと矢作氏は考へてゐるやうだ。

■近現代史のタブーに斬り込む

なぜ、さうなつてしまつたのか。その直接的な原因はGHQによる占領政策であるが、その背後に「国際銀行家」の野心が存在すると矢作氏は指摘してゐる。

国家の経済構造を甚大の循環器になぞらへてみると、中央銀行は心臓であり、一般金融機関は血管であり、そして通貨は血液だと言へるでせう。国民が生きていくうへで適切な通貨量の流れは必要不可欠であり、そのためにも適切な通貨を国民のために発行する中央銀行の健全な運営は絶対条件となります。しかし今、世界の列強を見渡すと、どの国も本来国民のものであるはずの中央銀行は純粋にその国の人たちのものではなく、国際銀行家と言はれてゐる人たちの影響を受けるものになつてゐます。

「国際金融資本」とも呼ばれる彼らについては、本欄でも何度か触れたが、我が国の社会を解体して国民の富を収奪すべく、江戸時代末期から我が国に対する工作を繰り返してきたと矢作氏は近現代史のタブーに斬り込む。
例へば、グラバーは坂本龍馬の庇護者として知られる。また、日露戦争に際して、国際銀行家と敵対してゐた帝政ロシアのロマノフ王朝に打撃を与へるべく、ジェイコブ・シフは日本の外債を購入した。さらに、国際銀行家の関係者を側近としてゐたアメリカのF・D・ルーズヴェルト大統領は、ナチス・ドイツを敵視してをり、ドイツを対米戦争に巻き込まうと我が国に敢へて自国を攻撃させた。
これらのエピソードが全て事実であるとは断言できぬが、彼らが国際社会において一定の影響力を有してゐることは事実であり、「陰謀論」として葬り去るべきではなからう。

■意識の変革を

現在進行形の「グローバリズム」もまた、彼らの野望とは無縁ではない。この奔流に巻き込まれぬやう、日本人の意識変革が必要だと、矢作氏は主張する。

米国が主導する資本主義経済が行き詰まつてゐるなかで、従来の地球資源を食ひ尽くしながら右肩上がりの収支を追ひ求めていくやり方から、われわれの政治経済をより社会民主主義的な方向に進めていかなければなりません。今は、意識、心持ちを変へて耐へるときです。すなはち今こそ「足るを知る」を強く意識し、向上の意識をくじくことなく力をためるときだと言へます。

かゝる意識変革を実現するためにも、善悪二元論に囚はれた東京裁判史観から脱却するだけでなく、日本国民が「扇の要」たる天皇の存在意義を改めて認識し、皇室を支へる仕組みの再構築が必要だと矢作氏は主張する。皇位継承を男系男子に限るべきなどと評者と見解の一致せぬ点もあるが、異色の天皇論として一読をお薦めしたい。
(金子宗徳)
「国体文化」平成26年2月号所収〕

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