【書評】保田與重郎 著『ふるさとなる大和 日本の歴史物語』

「日本好き」の「日本」知らず
本年二月に内閣府が行つた「社会意識に関する世論調査」によれば、「国を愛する気持ち」が「強い」と答へた人々の割合は全体の五十八%を占めた。これは、昭和五十二年の調査が始まつてから最も高い数値だといふ。

確かに自らを「保守派」・「愛国者」と位置づける人々が以前に比べて目立つやうになつた。現代の風潮に疑問を持ち、学んだり行動に移したりといふ姿勢は評価できる。

とは云へ、さうした人々の大半はインターネットやオピニオン雑誌を主たる情報源としてゐるため、どうしても時局に振り回される。「日本」といふ国の本質を探求しようとせぬまま、「民主党はケシカラン」とか「安倍首相を断固支持する」といつた居酒屋政談を繰り返して溜飲を下げるばかりだ。このやうな「論語読みの論語知らず」ならぬ「『日本好き』の『日本』知らず」が増えたところで、真の日本再生には程遠い。

保田與重郎と「日本」
昨年は『古事記』編纂から千三百年目にあたり、様々な関連書籍が刊行されたけれども、たゞ『古事記』を読むだけでは「日本」の本質は分からない。やはり、記紀万葉から王朝文学を経て近世国学に伝へられてきた日本的美意識の系譜を把握する必要があらう。

明治以後、近代西洋文明を受容していく過程で日本的美意識は見失はれかけたが、一人の偉大な文学者により再発見される。その人物は保田與重郎〔明治四三(一九一〇)~昭和五十六(一九八一)〕。神武天皇が即位後に祭祀を斎行されたといふ鳥見山(奈良県桜井市)の近くに生まれた保田は、東京帝国大学文学部在学中に文学雑誌『コギト』を創刊。卒業後、私小説やプロレタリア文学に代表される卑俗なリアリズムを打破せんと志し、『日本浪曼派』を創刊する。

『日本の橋』で文壇における地位を確立した保田は、後の著作で大伴家持や後鳥羽院といつた「偉大なる敗北者」こそ日本的美意識の持続に貢献してきたと主張。大東亜戦争に際しては、戦陣や銃後における国民の心構へを説き、総力戦体制の押し付けには批判的だつた。そのため、当局からは要注意人物と目され、病身にもかかはらず北支の前線に送られる。

敗戦後、保田は「戦争協力者」として文壇から追放されたが、門下生たちによつて創刊された『祖国』や『新論』などに寄稿し続ける。昭和三十二年、門下生が《新学社》を創立すると会長に推された。《新学社》は教材出版に力を入れ、保田も中学生向けに『軌範国語読本』の刊行を企図する。師の佐藤春夫に監修を依頼した上で、自らは作品の選定や解説の執筆にあたり、昭和三十八年に刊行した。

その後、《新学社》は学年別家庭学習教材『月刊ポピー』を創刊。本書に収録されてゐる四部作は、同誌小学校六年生版の付録「こころの文庫」に収録されたもので、「神武天皇」は遺作にあたる。小学生を読み手として想定したものだ(そのため当用仮名遣ひである)が、保田は円熟した筆致で「日本」の本質を描いており、大人向けの読み物としても通用する。

自然の恩恵と共に、そのきびしい試練をうけ、一つの民族として一億を超える人口が共通した一つの国語で語り合い、数千年間の先祖の文物を、風光明媚の国土のいたるところに保存してきたことは、まことに比類のない世界史の驚異であります。そしてこの淵源は、実に神武天皇の建国にあります。(「神武天皇」)

……大むかしの日本は、大八洲と言い、いくつかの異った民族が住んでいましたが、現在では日本人という一つ国民として融和しています。……この統一と融合は、何千年にもわたる長いときの結果で、わが皇室の御徳と、皇室に対する国民の思いとが、あい寄ってでき上ったものです。(「日本武尊」)

……太子の御信仰は、病気をよくしてもらうとか、財物を得たいというような、目先のことをみたすのではなく、人の心を古のままの正しさにかえそうとされたものでした。憲法十七条を始め、法隆寺などの文物はかがやかしいかぎりに見えますが、太子の前後の時代は、人の心が乱れ、争いの多い時代でした。そうした時代の中で太子の新政が行われ、その文明と文物がつくられたのです。 (「聖徳太子」)

……万葉集の歌をよむと、昔の藤原京や奈良京のころの人々の気持ちが分かるのです。国を思う心、山河をながめた心、どんなくらしをし、人に愛情を持ったかというようなことが、その正直な気持ちが、わかるのです。また、歴史上の大きい事件に対して、どのようなうけとり方をしたか、分かる歌もあります。……このように、昔の人の気持ちを知ることが、本当の歴史を知ることなのです。(「万葉集物語」)

こゝに引用したのは、その一部である。「難解」とされる保田文学の入門書としても一読をお薦めしたい。

金子宗德(かねこ・むねのり)里見日本文化学研究所主任研究員

月刊『国体文化』(平成25年12月号)掲載

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