【明治の英傑たち】渋沢栄一(2)道徳経済合一論

「私が実業界に身を委ねるようになったのは、国力を充実させ、国を富ませるためには、まず農工商、なかでも商工業を盛んにしなければならないと考えたからである。そこで資本を集めて各種の会社組織創設に尽力したのである。

そこで、会社をうまく経営するに当たって、いちばん必要な要素は会社を切り回す人材である。人材が得られないならば結局その会社は失敗する。そこで私は、この銀行や各種会社の経営を成功させるためには、実際の運営に当たる人に、事業上だけでなく一個人として守り行うべき規範・規準がなくてはならないと考えたのである。

このように考えるとき、日常の心得を具体的に説いた『論語』は、その規準にうってつけで、どう判断してよいか悩むときには『論語』の物差しに照らせば、絶対間違いはないと確信しているのである」
(『論語と算盤』)

渋沢の思想は「道徳経済合一論」と呼ばれる。

渋沢は、幼い時に読んだ『論語』を生涯、拠り所とし、経済と道徳の両立を説き続けた。

国全体を発展させるためには広く産業を興し、経済を発展させなくてはならないが、その富は国民全体で分けるべきであるという思想である。

道徳を失った現代の経済人

渋沢栄一の説いた事は、現代の財界人や企業家、更には今後、起業をしようと思っている若者、また更に全てのビジネスマンが心するべきことであろう。

昨今の企業の不祥事は全て資本主義のもつ本質や様々な制度にのみあるのではなく、企業で働く人間の倫理感の低下によるものである事は明らかだ。

そもそも資本主義、金儲けと社会正義は対立するものだとさえ思っている低級な経営者や一般のビジネスマンが多すぎる。

筆者(吉田)は、彼らの行動・言動を見るにつけ、絶望感と企業(とりわけ影響力の大きな企業)そのものと、そこで働いている人間自体への不信感と軽蔑の念すらもっているが、本来は資本主義そのものが悪なのではない。

現在の日本社会に深く巣食うアングロサクソン型の資本主義に毒されている者たちの根本的な問題は資本主義の目的を「金儲け」「利益を出すこと」と思っている事である。

マスコミの罪

このような思想の連中が力を振るう資本主義社会が堕落するのは当然の帰結である。失脚した堀江貴史氏や村上世彰氏が、調子の良かった頃の社会全体とりわけ持ち上げたマスコミの風潮は唾棄すべきものだった。

逮捕されたから悪くて捕まってなかった時は良かった、というのではない。

彼ら(堀江氏や村上氏)は「考え方」が間違っていたのである。

「金が全て」「お金を稼ぐ事は悪い事ですか?」といった彼らに対して、マスコミや他の立場の人にも「あなたはその金で何をしようと思っているのですか?」「あなたは稼いだ金でどういう社会還元をしようと思っているのですか?」「その金は誰をどう幸せにする為に使われるのですか?」と聞いた人は誰もいなかった。

彼らを批判し葬った側の人間にしても、理念レベルで彼らを本当に批判し得た人は少数派だったのではなかろうか。

渋沢は「倫理家」

20世紀を代表する経営学者、ピーター・F・ドラッカーは渋沢を「倫理家」として評価した。

ドラッカー自身、企業の目的は利益を出すことというのは「的はずれ」であり、このような「的外れ」な考えが、利益と社会貢献は矛盾するという誤った考えを生み出し、社会に害を与えているという指摘をしている。

今一度、我々は、自由主義経済社会における、正義や徳といった問題について真摯に向かい合わねばならない。

行き過ぎた市場主義・資本主義と、その価値観で是とされる、行き過ぎた個人主義の弊害を渋沢はすでに喝破していた。渋沢は晩年の大正末期から昭和の初期と思われる時期にすでに以下のように述べている。

「元来わが国民中には、経済に対する真実の考察を怠っているものが少なくないように思われる。それは経済をただ利害によって判断し、正しい道理によって判断するということにならぬからである。すなわち富というものは所有者だけの富が真の富ではなく、世の中の大きな利益が真の富であると考えねばならぬ。・・・・真の富は全体の人の進歩をはかり、全体の人の人格を進め、全体の人の事業が進歩発達して、はじめて生じてくる。」
※注

※注
『公益の追求者・渋沢栄一』(渋沢研究会編・山川出版社・1999年)p364 5部 V「自由主義経済社会における「正義・徳」の思想について」(福永郁雄)から引用した。

なお、渋沢の伝記部分の事実関係については、基本的に、『公益の追求者・渋沢栄一』(渋沢研究会編・山川出版社・1999年)の「渋沢栄一関連年表」を参考にしたが、百科事典他、いくつかのHPを参照にした事をお断りする。

(全3回/つづく)


吉田健一(よしだ・けんいち)/鹿児島大学稲盛アカデミー特任講師。財団法人松下政経塾第22期生。

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