【明治の英傑たち】渋沢栄一(3)道徳に基礎をおいた政治

渋沢はまた、政治についても道徳を基礎として行うべきである事を説いている。

「…人君上位に立ちて政治をなすに道徳を以て根本とする時は、人民悦服して万国の帰向すること、譬えば、天の北極星が常に一定の場所に居りて動かず、しかして満点の衆星これを中軸としてこれに向って、環じょう旋転するがごとし。

本章は蓋し孔子時代の為政者が、政の根本たるべき道徳を務めずして、もっぱら法令刑律の末に従うを警戒せられたるなり。ただし始めより必ずしも法律を用いずというにはあらざるなり。道徳を以て主となし、法律を以て従とせよとに意なり。

現代の為政者はとかく道徳を基礎とせず、法令をもって万事を制裁し本末転倒の傾きあり。それもそのはず、法治国となりしよりもっぱら、立法院の同意を得て法律を制定し、これを施行さえすれば能事終れりとして自ら許し、世人もまたこれを許す時代となればなり。

(中略)たとえ法治国となりても立憲政治国となりても、一国の大臣となりて大政を料理する人の胸中に道徳の観念なくて可ならんや。根本の道徳を備え、公明正大に政治を行い、過失あれば改むるに憚ることなくんば、何ぞ人に殺害もしくは非難せらるることあらん。

(中略)そもそも為政のことたる、ただ国家の上に限るにあらず、一会社の経営も一学校の管理も一家の維持もみな政事なり。道徳に基礎をおかずして施設せば、必ず世の信用を失い、たちまち行き詰まりを生ずべし。道徳なるかな道徳なるかな。

為政者も国民の一人なり。国民道徳高まらざれば、為政者独り崇尚なること能わざるべし。

しかして国民道徳の培養はまた教育を担任する政府の責務なり。教育勅語は厳然として徳育を旨とせらるけれども、今日教育の実際を見るに、知育一方に偏して徳育を閑却しおれり。これ最も遺憾とするところなり。

どうしても、もう少し精神教育に力を入れねば、今後の世界的国民としての教養が足りないと思う。ことに高等教育に入る前、小学校時代にこれが教養を施す必要があると信ず。

欧米には普通教育の課目に神学科があって、宗教のことや正義人道に関する精神的教育が大いに重んぜられているのであるが、本邦にては人道を践み正義を行うて往くという、いわゆる道徳的精神教育は殆ど皆無といってよいくらいである。

(中略)あえて世の為政家・教育家に差の一言を呈す。曰く「孔子の言明せられたる本章の趣意を取って実行せられよ」と。子曰く、詩三百。一言以てこれを蔽う。曰く、思い邪なし。 」
(『論語講義(一)』)

ここの部分は『論語』の為政第二の

「子曰く、政をなすに徳を以てすれば、譬え北辰のその所に居り、しかして集星のこれに共うがごとし。」

という部分への講義の一部分である。

この中で渋沢は政治は道徳に依らなければならないと事、そして国民道徳が高まらなければ為政者だけが高い精神でいる事は出来ないということ、その国民道徳を高めるのは教育によること、その責任は政府にある事などを述べている。

この文章は今も全く色褪せていない。

行き詰まる日本

現在の政治に全く欠けているものはここで渋沢がいう道徳に基礎をおいた政治だ。ここで批判されている政治家と今の政治家にどれほどの違いがあるだろうか。

今も昔も同じようなものだといえばそれまでの話である。あるいは、今の方が国全体は豊になったために大きな汚職や日常的な小さな汚職などは減ったので政治は進歩しているのだとの考えをする事も可能かも知れない。

また、国民の全体の教育レベルが上がり、政治についての情報も行き渡るようになったので、以前より良い政治が行われているという考えも出来るかもしれない。

だが、今の日本は、国民全体の教育レベル(知識レベル、情報量)こそ上がってはいるものの、根本的に何が重要であるかが分っている人が増えているかどうかはまた別問題だ。

今の日本の行き詰まりを考えると、利権政治家の駆逐を行う事は大事ではあっても、これで全てではない。

国民の質を高めるには?

制度を改革しようが、結局はそれを運営する人間そのものが―現実的にどの程度達成されるかはさておき―正しく心を持たねばならいという意識を持ち続けずして経済も政治もうまくまわらないのは歴史が証明している。

政治家の質と国民の質―これは知識レベルを上げるというような事ではない―この双方が上がってこない限り、小手先のマニフェスト対決選挙が続こうとも、また景気が回復しようとも日本は真に復活しないであろう。

また、理屈でしかものの考えられない、霞ヶ関から永田町に居を移しただけの若手エリート政策志向型議員にも反省を促すか、または退場を勧告したい。

旧来型の利権政治家を追放してその後に、登場した彼らとて、為政者として本当に大事な事が分かっていなければ、ただの能吏以下の働きしか出来ないだろう。

二大政党による政策の競い合いだの、まずは景気対策だのというレベルの議論を繰り返しても日本は復活しない。

人間そのものが崩れ去り、道徳なき国民ばかりになり、「人欲」に基づく資本主義社会が続く限り、いかなる制度を構築しようが政策を採ろうが日本は没落し、人々は流浪の民と化すであろう。

経営のあり方、経済のあり方にしても政治のあり様にしても、今日、我々が、渋沢から学ぶものは極めて多くある。

願わくば、若手の議員や若手の起業家などに、ノウハウ本、HOW TO本を読む暇があれば、渋沢の残した本を読み、その言行に耳を傾け、深くその心を理解し、経済、経営、起業、政治の本質を充分に考え抜いた上で、立候補なり、起業なりをして欲しいと切に願うものである。

参考文献
『論語と算盤』・国書刊行会・1985年
『論語講義』(全7巻)・講談社学術文庫・一九七七年
『公益の追求者・渋沢栄一』渋沢研究会編・山川出版社・一九九九年

『国体文化』(平成21年6月号)掲載

(全3回/了)


吉田健一(よしだ・けんいち)/鹿児島大学稲盛アカデミー特任講師。財団法人松下政経塾第22期生。

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