水戸黄門時空漫遊記(玖)知られざる継戦

二学期が始まり、クラスメイトたちとも久しぶりに顔を合わせることになった。とはいえ、もともと僕には友人もおらず、たまに会話する同じ班のメンバーとは夏休み中の特別授業で会っている。

「で、なんでここに集まるわけ…?」

教室の中はいつもにまして騒がしく、僕の机の前にはヨースケとリュウがやってきて夏休みの思い出を語り合っている。

「やあ、おはよう」

と、そこに登校してきたマサルが加わる。

「マサル、えらい日焼けしたな!」

ヨースケが必要以上に驚いて見せる。マサルはもともと色白な印象だったが、こんがりと褐色の肌に変貌していた。

「うん、しばらくハワイに行ってたんだ」

「スッゲー!」

なんて嫌味なやつだ。この学校は裕福な家庭の子供が多いらしいが、近年はそうそう外国へなんて行けない。どの国へ行っても日本より物価が高いし、何より入国検査が厳しい。一時期、海外へ移住を希望する日本人が急増したため、それを嫌う各国がビザを出し渋るようになったのだ。

「僕なんか暑いのが苦手だから、ずっと部屋に引きこもってたよ…」

リュウが小さな声で言いながらため息をつく。

「リュウって年中引きこもってるんじゃないの?」

「ムッくん、そんな言い方はひどいよ! 事実をそのまま言うなんて! ねえ、リュウ」

ヨースケがリュウを擁護しつつ追い討ちをかける。

「どうでもいいけど、その呼び方やめてくれよ…」

そこに、マサル以上に真っ黒に焼けたマイが乱入してきた。

「みんな、久しぶり! むさくるしいオタク軍団で集まってるね」

「僕はオタクじゃないよ」

「ムッくん、類は友を呼ぶってコトワザ知らないの?」

そこでチャイムが鳴り、担任の古畑が教室に入ってきた。

   *

「あぢぃ…」

「なんで、VRなのにこんなに暑いんだ…。体感温度まで再現する必要ってあるのかな?」

リュウとヨースケが早速へばっている。僕らは西暦1950年、夏の台湾を再現した仮想現実空間にログインしていた。

「しかし、またどういうわけで台湾なんだろう。この時期、日本本土はアメリカに占領されていて、色々と戦後体制の骨格が固まりつつある筈なのに」

「へぇー! さすがマサル、よく勉強してるね!」

いつものようにマサルが知識をひけらかし、マイが調子良く褒めそやす。台北市内にはまだ日本語の看板も多いが、ひっきりなしに兵士達が隊列を組んで行き交っている。

「ヘルメットの形が、第二次大戦の時のドイツ軍に似てるね。ゲームで見たことがあるよ」

「ナチスドイツってこと? でも、みんな東洋人だよね」

確かに、日本軍にしては見たことのない軍服だし、掲げている旗も違うようだ。

「あれはな、国民革命軍じゃよ」

「ご老公!」

いつもいきなり現れる、水戸黄門のAIが会話に割り込んできた。

「国民革命軍というのはな、中国国民党の軍隊じゃ。国民政府軍、重慶軍などと呼ばれることもある。中国大陸での共産党軍との内戦に敗れ、ここ台湾に逃れてきたんじゃよ」

「そういえば、20年くらい前の台湾事変までは、台湾は自由主義の国だったんですよね」

「うむ、マサルは現代史も詳しいのお。ムネキヨたちも見習わねばならんぞ。台湾に逃れたのは中華民国政府といってな、ここからさらに40年ほどかけて民主化を達成したのじゃが、大陸側とは常に緊張状態にあった」

「うまそうな匂いだな…」

ヨースケは黄門様の話をろくに聞かず、何やら肉料理らしきものを売っている屋台にフラフラと近づいて行った。その時、ジープがヨースケを引きそうになって急停車する。

「すっ、すいません!」

ジープに乗っていた軍人から中国語で激しく怒鳴られ、ヨースケが平謝りに謝るも、言葉が通じず、後続の軍用トラックから駆け下りてきた兵士たちに囲まれ、銃を突きつけられた。あまりの恐怖に、ヨースケは固まっている。僕らもどうして良いかわからず、身動きが取れない。そんな僕らの様子に気づいた中国人兵士が、銃を構えたままこっちにも近寄ってくる。

「ムッくん、あれ出して!」

マイが僕の脇を突く。黄門様の顔を見ると、鷹揚に頷いている。

「この紋所が目に…」

「貴様ら、日本人か?」

印籠を取り出してお決まりの台詞を言おうとしたその時、後部座席から日本語で声をかけてきた男がいた。一人、軍服ではなく開襟シャツ姿、頭はスキンヘッドに丸メガネである。

「日本人子弟の引き揚げは終わった筈だがな。まだ残っていたのか」

   *

僕らは全員トラックに乗せられ、台北市中心部へ運ばれていた。

「おい、あれ見ろよ! 凄い建物だ」

ヨースケが指差す先には巨大な赤煉瓦の建築物があった。左右対象で、真ん中に塔のようなものが聳えている。しかも多くの兵士が物々しい雰囲気で警備にあたっている。しかし、先行するジープと僕らが乗せられたトラックは、たいした検査もなく門を通過した。

「内装も豪華だなあ」

ヨースケが小声で話しかけてくる。僕らは中国人兵士に誘導され、赤煉瓦の中の一室へ入った。自分のせいで全員が連行されているのに、呑気なやつだ。重厚な扉の奥には、先ほどのスキンヘッド男がいた。中国人兵士たちはそのまま立ち去る。

「いやいや、ご老公様。このような蒸し暑いところへ、よくぞお越しになられました。私は前陸軍大佐・辻政信つじまさのぶと申します。北支におった頃は参謀として不逞将校どもを厳重に取り締まったことで、兵たちからは今様水戸黄門などと名誉な渾名を付けられたものです」

「うむ、辻殿。大義じゃ。この者たちは百年後の日本からやってきた中学生でな、この時代のことを聞かせてやってくれんかの」

「なんと、百年後の日本でありますか。そうかそうか、百年後にも日本はある。それは安心致しましたぞ。いまこうやって戦っておる甲斐もあるというものです」

先ほど出した印籠の効果はあったようで、僕らは胸を撫で下ろした。てっきり中国軍から拷問でもされるのではないかと、びくびくしていたのだ。

「辻大佐、いま戦っていると仰いましたが、日本は第二次大戦に敗れ、占領中なのではないですか?」

マサルが真っ先に質問する。こういう時のマサルの度胸には感心するな。

「確かに帝国政府は敗れたが、日本人のいくさは終わっておらんのだよ。だから私はいまもここで国民政府を支援しておる。大陸はアカに取られてしまったが、奴らを大陸の外に出すわけにはいかんのだ。幸い、朝鮮半島で北側が勇足いさみあしを踏んだ。これでしばらく、支那共産党軍も台湾には手を出せんだろう。私も近いうちにまた本土に帰るつもりだ。日本でもまだやるべきことが残っているからな」

「北側とは何のことですか?」

「ああ、ソビエトのスターリンに唆された北朝鮮軍が、南側へ侵攻を開始したのだ。これで日本を占領している連合国軍も大慌てさ。私が掴んだ情報では、GHQは日本再軍備を計画している。早晩、占領も終わるだろう。再び日本国が活躍する日も近い」

この男、メガネの奥が異様にギラギラしている。 

「すでに、ここ台湾にも数百名の元日本軍将校が招かれ、支那人兵士たちの教練にあたっている。戦争になれば指揮も執ることになるだろう。それだけではない。本土でこそ戦争は終わったが、支那大陸にも、朝鮮半島にも、まだ大勢の軍人が残り、所属を変えて戦っている。東南アジア各地でも、諸民族と共に独立戦争を戦っておる。アジア人種解放を目指した大東亜戦争は、いまだ終わってはおらんのだ。帝国陸海軍滅ぶとも、日本軍人は滅びず! これからは米ソ対立が激化し、第三次世界大戦に至る日も近い! その時こそ、われわれは再び立ち上がるのだ!」

だんだん、辻大佐の話が演説調になって熱がこもってきた。しかし不思議と、不快ではなかった。

「おっと、いかんいかん。つい力が入ってしまったね。何でも良い。遠慮なく質問してくれたまえ。私で答えられることなら、存分に答えよう」

いかにも軍人らしい男かと思えば、意外に紳士的な顔も見せてくる。僕らは思わず、互いに顔を見交わした。

「第三次世界大戦って、どことどこが戦うとお考えなのでしょうか?」

「百年後から来たキミたちは結果を知っているのだろう。良いんだ、私には教えないでくれ。今日は私の予測だけを述べておくとする。未来なんぞ知ってしまっては、面白くはないからね」

辻大佐はしばらく瞑目し、ゆっくりと語り始めた。

「先年亡くなられた石原莞爾いしわらかんじ閣下こそが、私にとって生涯最良の師であった。閣下の書かれた『世界最終戦論』によれば、アメリカ、ソ連、欧州、そしてわが日本を盟主とする東亜が各々連合国家を形成して戦い、最後にアメリカと東亜が最終決戦を戦う筈であった。しかし時代はあまりに早く進みすぎた。われわれはまだアメリカとは戦うべきではなかったのだ。端的にいえば、陸海軍上層部の増上慢が敗戦を招いた。その点については私も陸軍軍人としての責任を痛感している。腹を切った将校も多い。しかし私は死ぬわけには行かなかった。戦犯訴追を逃れ、山谷に隠れて泥水をすすり、臥薪嘗胆の思いで生き延びた。支那も、東南アジアの国々もまだ若い。最も早く近代化を成し遂げた日本の役割は終わってはおらん。敗れたりといえども、密かにアジア解放を進め、連携し、日本国を再建する。そして改めてアメリカと最終決戦を行うのだ。あるいはそれは百年後かも知れんし、数年後かも知れん。それがいつ起こっても良いように大計を抱き、日々を全霊で生きる。それが私の生きざまなのだよ」

僕は、辻大佐の話を聞きながら、これまで学んだ現代史を思い返していた。第二次大戦後、米ソは冷戦関係に入り、やがてソ連が崩壊。代わって共産中国が台頭し、アメリカ合衆国は相対的に衰退へ向かった。アメリカの庇護下で豊かになった日本も、平成の30年間でゆっくりと没落している。状況が変わったのは、ここ数年だ。

「とはいえ、第三次世界大戦は大砲や戦闘機でドンパチやる戦争とは限らない」

「え、どういうことですか?」

「今般の戦争も、最も重要なのは情報だった。われわれは物量だけでなく、情報戦で連合国に敗れたのだ。私も参謀として度々進言したのだが、諜報戦にかけるわが軍の予算は最後まで充分とはいえなかった。これからは原子爆弾が全世界に普及するだろう。そうなれば、ドンパチやるだけの全面戦争はますます難しくなる。総力戦のあり方が変わるのだ。民主主義国家においては、平素の国民生活そのものが情報戦争の場となる。国民一人一人が、日々戦っているという自覚を持つことが肝要になるのだ。これまでのように銃後ではない。あらゆる場所が前戦となるだろう」

辻大佐は遠くを見ながら、微笑んだ。

「われわれは一敗地にまみれたが、必ず甦る。私の役割は、そのための希望を日本民族にもたらすことだ。幸いにして、皇統は護持せられた。かろうじて国体は存続しておる。米ソのいずれが勝とうとも、日本は滅びない。そのための仕掛けも、しっかりやっておるのだからね」

   *

その日の放課後、僕らはヨースケの提案に従って市内の台湾料理店へ行くことにした。

「ここのオーナーさんって、台湾事変のときに亡命してきたらしいよ」

「台湾っていまだに中国共産党の残党が占拠してるんでしょう? 怖いよね」

会話をしているうちに、大量の料理が運ばれてきた。

「なんか、独特の匂いね。でも美味しそう!」

「マイって意外に食い意地張ってるよね」

「失礼ね! 育ち盛りなんだからいいじゃない。ねえ、いつか平和になったらさ、台湾にも行ってみたいね!」

僕を見ながらそう言うマイの瞳は、キラキラと輝いていた。

(続く)









本山貴春(もとやま・たかはる)戦略PRプランナー。独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社事務局長。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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