未来小説「恋闕のシンギュラリティ」【11】青桐少尉の初陣

「清明君には、テロとの戦いを指揮して欲しい」

まるで現実感のない台詞を聞かされて、僕は一瞬思考停止し、本田事務総長の顔を見た。

「訓練も上出来だったそうじゃないか。君なら大丈夫だ。とにかくわれわれは人材不足でね、人を遊ばせておく余裕はない。一人でも多くの優秀な指揮官が必要なんだ」

政権与党・国民独立党の本田事務総長に会うのは二度目だが、ずいぶん砕けた口調になっている。しかし僕の方は、いまいち緊張が解けない。

「本田さん、訓練を受けたと言っても、何度か仮想空間に入っただけですし、テロとの戦いなんて想像もできません」

「大丈夫。実際の任務は戦略AIの計画に従って無人機が遂行するし、軍の専門スタッフがサポートする。君には、対テロ戦のシンボルになって欲しいんだよ」

「そうですか。…その任務は、危険なんでしょうか?」

「…正直に言って、危険ではないとは言えない。君自身が敵に狙い撃ちされる可能性もあるからね。それを承知で、君にやってもらいたいんだ」

僕は半分自棄になって答えた。

「わかりました。お引き受けします」

   *

僕は、陸軍陸上総隊特殊作戦軍付き見習い士官に任じられた。階級は少尉だ。昔であれば、僕みたいな素人がいきなり軍隊の将校に任じられるなど考えられなかったと思うのだが、いまはそう珍しいことでもないらしい。

「青桐少尉」

自分が呼ばれたのだと理解するのに、数秒かかった。青桐に改姓させられて数日しか経っていないし、階級で呼ばれるのにも慣れない。振り返ると、軍服に少佐の階級章をつけた斯波さんが直立不動の姿勢で立っていた。

「私も中央情報局から出向を命じられました。と申しましても、こちらが私の出身母体ですので、出戻りのようなものですが」

「斯波さんは、自衛官だったんですか?」

「はい。正確には、ここではなく情報本部です。青桐少尉、軍服がお似合いですね。見違えましたよ」

「こういう堅苦しい服は好きではありません。息が詰まりそうですよ。しかしどういうつもりで本田事務総長は僕をこんなところへ押し付けたのでしょうか。いまさらながら、プロの軍人の皆さんにご迷惑ではないかと思うのですが」

「清明さん。100年前の戦争では、あなたくらいの年齢で、ろくに訓練も受けずに多くの日本人が戦場で戦いました。いまの日本も同じようなものです。対テロ戦といっても、現代戦のほとんどがテロ戦争です。まだ世界は非常に不安定です。新しい世界秩序をつくるために、事務総長はあなたに経験を積んで欲しいと思われたのでしょう」

「平和な平成時代が懐かしいです。あの頃は、戦争もテロも別世界のことと思っていました」

「それは…。きついことを申すようですが、当時の国民の認識が間違っていたと言わざるを得ません。いまわれわれが戦っている対テロ戦は、平成末期に激化したサイバー戦争の延長線上にあるのです。先日、歴史シミュレーターがクラッキングされましたが、あれも戦争の一環です。あらゆるモノがインターネットを通じて制御されているわけですから、クラッキングは国民の生命財産に対する攻撃なのです」

   *

もう秋も深まるというのに、台湾は暑かった。

僕は訓練を兼ねて、特殊作戦軍の隊員12名とともに観光客に偽装し、台北入りした。20年前の台湾戦争で破壊され、なかばスラム化している台北市には、現在でも人民解放軍の残党や深圳軍閥の工作員が跳梁跋扈しているという。

地政学的に重要な位置にある台湾を親日化することは、日本政府にとっても大きな課題なのだ。

僕は隊員たちと別れ、煌々と照らされる夜市の傍を抜けて古びたマッサージ店に入った。

(先に精算を頼む)と念じると、勝手に口から台湾語が発せられる。

(わかった)と店主の返事が自動翻訳され、頭の中で再生された。ナノボットによる自動翻訳機能だが、おそらく外見的には地元の人間と区別がつかないだろう。日本でもまだ一部にしか普及していない先端技術だ。

店主がかざした網膜スキャナーで個人認証が完了し、そのまま二階に通された。奥の更衣室に入り、薄汚れた鏡をスライドすると隠し部屋が現れる。ここは特殊作戦軍が保有する秘密拠点の一つだ。

そこで僕は、隊員たちの情報収集活動をモニタリングしなければならない。もし一人でも敵の網にかかれば、すぐさま救出に行く必要がある。仮に全員捕まってしまえば、どこからも助けは来ない。訓練とはいえ、かなりハイリスクだ。

しばらく待機していると、緊急通信が入った。一瞬、隊員に危険が生じたのかと身構えたが、日本からの着信だった。

   *

バタバタと、隊員たちが部屋に駆け込んできた。

「少尉! 日本で大規模テロが発生したようです! ここでも緊急ニュースになっています!」

「そのようですね。先ほど本部から連絡がありました。至急帰国せよ、とのことです」

「敵は何者でしょうか?」

「まだ本部もわかっていないようです。いまの日本は、内外に敵だらけですからね」

「ご譲位が発表されてから、新天皇ご即位の儀式を狙ったテロが噂されていましたが、本当になってしまいました」

「皆さんにお話しておかねばならないことがあります。落ち着いて聞いてください」

僕がそう言うと、騒いでいた隊員たちが静まった。一人一人の顔を見回す。全員が僕より若い、まだ10代だ。

「まもなく新天皇として即位される東宮殿下のご息女・恋子女王殿下が、テロ集団に拉致されたようなのです。われわれは本部に合流次第、女王殿下の救出奪還に向かいます。言うまでもないことですが、本件は他言無用」

全員が一切に「はいっ!」と応えた。

皇族が拉致されるという異常事態に、みんなの顔色が一変したのだった。

   *

僕らは台湾政府内部にいる親日派に談判し、軍の自動操縦輸送機を借り受けることに成功した。旧式の垂直離着陸機だが、2時間もあれば福岡に戻ることができる。

移動中も、機上からテロ集団の通信システム傍受を試みた。敵は高度な戦略AIを用いており、しかも日本の首都圏は戦術核攻撃によって都市機能が麻痺していた。政府機関はジオフロントに集中しているとはいえ、人々は官民問わず地上で暮らしている。夜間の攻撃だけに、犠牲者数は計り知れない。

そのとき、福岡にいる斯波少佐からの緊急通信が入った。

「青桐少尉! テロ集団のものと思われる不審船が玄界灘に向かっています。そちらに直行してください」

「了解!」

僕はすぐにパイロットAIへ行き先変更を支持した。

「少佐! 敵の正体はわかりましたか?」

「これだけのことができるのは深圳軍閥しか考えられないが、未確定です。国内に協力者がいたものと思われます! 宗像市内は敵のマイクロ無人機が大量で…化学兵器による波状攻撃を受けています。被害者の救出が成功したら、佐世保の基地に退避してください!」

もはやテロの域を超えている。僕は生まれて初めて、リアルな戦争に直面していた。

   *

そもそも民間航空機で台湾入りした僕らに武器はない。台湾軍に借りた輸送機にも弾薬は載っていない。敵は重武装しているだろう。僕らは全員ナノボットを注射しているとはいえ、無謀な作戦だった。友軍もこちらに向かっている筈だが、まだ連絡はない。首都に対する攻撃で、混乱しているのか。

「少尉! ターゲットを捕捉しました! 11時の方向、3キロ!」

「敵の通信を傍受! 北京語のようです! 」

「第2護衛艦隊司令部より入電! 近辺に国籍不明原潜一隻あり!」

次々と情報が入る。いよいよだ。瞑目し、恋子さんの顔を心に浮かべると、血が沸騰するのを感じた。もう死ぬのは怖くなかった。もし彼女を守って死ねるなら、喜びであるとすら思えた。

「少尉! ターゲットまで一キロ! まもなく目視可能距離!」

僕は身体の震えを隠すために大声で言った。

「総員、降下用意!」

そのとき、頭の中で声が響いた。

(待って! それ以上近づいたら撃墜される!)

「誰だ?」

(恋子です。敵がロケットランチャーであなたたちを狙っている! 逃げて!)

「パイロット! 敵との距離をとれ! 総員、攻撃に備えろ!」

声は恋子さんを名乗ったが、合成されたような音声だ。おそらくナノボットによって思念を音声化し、発信しているのだ。まだ使ったことはないが、短距離であれば通信も可能と聞いていたことを思い出した。

「少尉! 敵の通信によると、被害者は30分後に潜水艦に移されるようです」

このままでは恋子さんが中国に拉致されてしまう。

「よし、ここで海に降りる。志願者だけ、僕に続いてくれ。死にたくない奴は来るな」

全員が真剣な目で「行きます!」と叫んだ。

   *

僕らは真っ暗な夜の海に飛び降りた。武器はおろか、ヘルメットも防弾チョッキも、ライフジャケットもない。ナノボットの機能があるので溺れることはないが、狙い撃ちされたら死ぬだろう。

それでも全力で、不審船に向かって泳いだ。不審船は潜水艦を待つためか、洋上で停船している。

そのとき、ジェット機が2機飛来した。目をこらすと、翼に日の丸。友軍機だ。不審船の上空周辺を旋回している。敵の目が上空に向いている隙に、船へ近づく。

泳ぎながら全員で密かに船を取り囲んだとき、友軍機から不審船に向かってミサイルが発射され、船の上空100メートルほどで自爆したかと思うと、白い粉のようなものが一帯に降り注いだ。しめた、攻撃用ナノボットだ。

「いまだ!」

僕は船上に躍り上った。驚いて機関銃を向ける敵に向かって手をかざす。

「爆ぜよ!」

僕の声とともに、敵にまとわりついた粉状のものが次々と爆発し、バタバタと斃れる。

「少尉!」

後から上がってきた隊員たちが驚く。一瞬にして、船上にいた敵の全員が無力化したのだ。

「中へ!」

不審船は自動操縦されていたようで、内部に敵は残っていなかった。そして船倉の一番奥に、口をガムテープで塞がれ、両手両足を縛られた恋子さんがいた。

   *

「なぜ日本が、このように攻撃されねばならないのでしょうか」

僕は佐世保の国軍病院で、本田事務総長に面会していた。本田事務総長もあの大規模テロで重傷を負っている。政府要人の多くが、佐世保に避難していた。

「時代が変わるときは、抵抗は避けられないものだよ」

本田事務総長の言葉には、諦観が滲み出ていた。

「青桐少尉、君はよくやってくれた。まさか皇女が拉致されるとは、われわれも想定外だった。私は、新帝陛下に死んでお詫びせねばならないと覚悟した。しかし君の働きに救われた。礼を言う」

「それにしても派手に宣伝されましたね。僕はメディアに報じられているような英雄ではありません。たまたま、不審船に一番早く近づけただけです」

「そうではない。殿下を救おうという君の意志が、奇跡を呼んだ。われわれはもう何10年も戦ってきた。いつ終わるとも知れない戦いだ。しかし新しい世界秩序ができるまで、われわれは戦い続けなければならない。これは日本人に与えられた使命だと、私は考えている。君もその戦いに、踏み込んだのだ」

僕は、本田事務総長の真剣な眼差しを前にして、もう何も言えなかった。僕が眠らされていたこの30年間、この人は命がけで戦ってきたのだ。多くのものを破壊し、そして創ってきた。

「清明君、私はもう疲れた。もう充分戦ったと思っている。後は若い人たちに任せ、見守るつもりだ。ほんとうに田舎の神主になって、祈りの日々を過ごそうと思う。もし思い悩むことがあればいつでも来なさい。若者の話を聞くことぐらいは、年寄りにもできるからね」

僕は、病院を出て、うら寂れた佐世保の街を歩いた。かつて米軍によって栄えた軍港は、日本海軍が使うにも広すぎるのか、大半が廃墟のようだった。

アメリカによる世界秩序は、100年保たなかったのだと、そのとき気づいた。

(続く)











本山貴春(もとやま・たかはる)戦略PRプランナー。独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会副代表。福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社事務局長。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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