水戸黄門時空漫遊記(弐)独裁者を暗殺せよ

平野中(正式には九州府立平野国臣記念中学校という長い名前だ)に転校して一か月が経った。当初バラバラだったクラスの連中も徐々に環境に慣れ、新しい友人関係を構築している。

はしゃぐ級友たちを横目に、僕だけは群れることをよしとせず、孤独を貫いている。と言えば聞こえが良いが、要するにコミュ障なのだ。話しかけられても面白いレスポンスができないので、無愛想な男だと思われている、気がする。

唯一、気持ちが安らぐのが、部活動の時間である。まだ初心者だが、僕は剣道部員として毎夕練習に参加している。

剣道は良い。少なくとも無駄口を叩く必要がない。今日も武道場には床を蹴り、竹刀を弾き、獣のような掛け声が響いている。基礎練習に続いて上級生に向き合い、がむしゃらに打ち込み、叩きのめされる。ひたすらそれを繰り返す。汗が目に入って視界が滲んでも、怯むことは許されない。無心に剣を振る。

「ムネキヨくん、歴史VR、いよいよ明日だね。何か予習した?」

一通り練習が終わり、防具の面を外して汗を拭っていると、社会科で同じ班になったマイが話しかけてきた。彼女も剣道部だ。

「ああ、そうだっけ。でも、どこの時代に行くかも聞いてないしなあ」

褐色の肌で目鼻立ちのくっきりしたマイが道着を纏い防具を着けていると、外国人がコスプレしているような奇妙や印象を受ける。彼女の顔をぼんやりと眺めながら、彼女にはテニスとか、ラクロスのような競技の方が似合うんじゃないかと考えていた。

「そういえばそうだね。て言うか、わたし歴史苦手なんだよね。ムネキヨくんは?」

「僕はわりと好きだよ。小学校の時も伝記とか歴史漫画は読んでたかな」

「そうなんだ! じゃあ明日のことは任せた!」

「え、何を任せるの?」

「他のクラスの子に聞いたんだけど、独裁者を暗殺しないといけないらしいよ」

あまりに顔と不釣り合いな単語に、僕はいっとき思考停止に陥った。

   *

「なーんだ。歴史VRって言うからサムライのコスプレとかできると思ったのに、令和2年なんてつい最近じゃん」

同じ班になったヨースケが思わず不満を漏らす。

「呵呵呵呵。ヨースケよ。この中学生向け歴史シミュレーター水戸黄門時空漫遊記ベータ版はのう、近現代から徐々に古代へ向けて遡る趣向になっておるのじゃ。そう文句を言うでないぞ」

いちいちプログラムの正式名称をフルで言うあたり、いかにも人格AIである。ヨースケと水戸黄門のやりとりを眺めながらも、僕は昨日のマイの言葉が気になっていた。

「ご老公、令和2年と言えば、あの重大事件が起こった年ですよね」

今度はいかにも秀才らしく、マサルが発言する。重大事件ってなんだろう。僕は戦国時代や幕末に関してはそこそこ詳しいと自負しているものの、近現代史には疎いのだ。

「うむ、マサルよ。よくぞ気づいたな。令和の御代といえば、まさしく日本国史における最大級の動乱時代じゃった。いまお主らがこうやって安穏と暮らして居れるのも、令和の偉大な英雄たちがおったればこそじゃな」

令和の終わりとともに旧政府が打倒され、現在の政権に移行したことは僕でも知っている。特に僕らの小学校時代は、様々な制度が変更されて大人たちが大混乱に陥っている様子が幼心にもわかった。

「お主たちの使命は、この時代の隠れた英雄を発見し、その者を英雄たらしめることじゃ。では、その時のために、各々にこの印籠を預ける」

   *

代々木公園の一角が、数万人のデモ参加者で埋め尽くされていた。人垣の向こうには、満開の桜が群生している。

「ここが昔の東京かあ。初めて来たよ。俺らが生まれた頃に、大震災で壊滅したんだっけ。しっかし人多いなあ」

ヨースケだけは喋り続けているが、僕を含めて他の班員はあまりの人の多さに呑まれていた。リュウなんか、顔色が真っ青で気分も悪そうだ。人混みに酔ったのかも知れない。デモ参加者たちは各々に、色んな国の国旗やプラカードを掲げている。一体なんの集会なのか、パッと見にはわからない。そうこうするうちに、仮設ステージの方から声が聞こえてきた。

「皆さん! 本日はこの抗議集会にお集まりいただき、ありがとうございます! われわれの反対運動にも関わらず、ついに政府は中国の独裁者を、あろうことか国賓として日本へ招いてしまいました! 私は日本人として、アジアの友人たちに申し訳ない気持ちでいっぱいです! 今日、この東京に、恐るべき独裁者が来るのです! この場から、独裁者に対する抗議の声を挙げましょう! それでは、アジア諸民族の代表者からアピールをしていただきます!」

壇上にいる弁士のアジテーションに、数万人の参加者が万雷の拍手を送る。まだ肌寒い気候だが、熱気が凄い。壇上には10名以上、一見して色んな人種の人々が並んでおり、その背後には会場内と同様に様々な国旗や幟が掲げられている。中には、見覚えのある旗もあった。代わる代わる、色々な言語でのアピールが続き、合間には日本語通訳が入る。

「私たちチベット人は、故郷の家族と連絡をとることもできません。帰ることもできません。中国共産党による独裁は、北朝鮮よりも酷いものです。チベット人はかつてないほど抑圧されています。土地を奪われ、インターネットは検閲され、政治教育も強化されました。抗議の焼身自殺を遂げた者の家族が、何もしていないのに殺人罪で有罪にされました。非暴力の抗議を、独裁者は軍隊をもって弾圧しています!」

「世界中で絶えることのない戦争の、そのどの戦争よりも酷いことを、中国共産党はウイグルでやっています。外国のメディアがウイグルに行けば、街から住民が消えているところを目の当たりにするでしょう。これまでに2,500万人いたウイグル人のうち、300万人が強制収容所に入れられ、50万人が中国本土に移送されました。強制収容所には火葬場が併設され、まさにジェノサイドが行われています」

「われわれモンゴル人は中国共産党に騙され、長い間、迫害を受けてきました。このままでは、中国にいるモンゴル人は絶滅への道しかありません。チベット人もウイグル人も、われわれと同じ道を辿ろうとしているのです。中国政府はアジア全域に危険をもたらし、香港市民を殺害し、台湾を脅迫しています。中国の独裁政治に立ち向かうことができるのは、アジア最大の民主主義国家である日本をおいて他にありません!」

ショックだった。わずか30年前に、この世界で酷い虐殺が行われていたのだ。それを口々に、日本で訴えている。

   *

僕らは役割分担し、この時代の「隠れた英雄」とやらを探すために散った。マサルとマイは皇族に乗り移って宮中晩餐会に参加し、ヨースケとリュウは警視庁警備部警備課のセキュリティ・ポリスに紛れ込んだ。そして僕は中国大使館が雇った民間警備会社の警備員として、警備対象者に最も近い場所にいた。僕らはその間も、VRの思念通話機能によって互いに情報を取り合っていた。

「中国の国家主席、めちゃくちゃ舐めた態度だよ。天皇陛下を前にしてふんぞり返ってるし、日本の首相をアゴで使ってた」

「日本のことを属国とでも思ってるのかな。自分の国での独裁者としてのクセが抜けきらないみたい」

宮中にいるマサルとマイから届く内部情報は、僕らを苛立たせた。そして、SPに加わっているヨースケからの情報は驚くべきものだった。

「こっちはすごい警備体制だよ。警備課だけじゃなくて、警視庁の警官のほとんどが駆り出されてるんじゃないかな。これは秘密らしいんだけど、1年前の大阪サミットで移動中に暗殺未遂事件があったんだって。犯人は捕まってないから、今回も警戒してるんだよ」

中国からやってきた独裁者の警備は三重の鉄壁になっていた。警視庁のSPは最も外側におり、最も近い場所は民間警備員に偽装した中国共産党中央弁公庁警衛局の要員が五人で警護している。彼ら中国人警備員の周辺を僕ら日本人警備員が囲む。僕らも民間警備員に偽装しているが、実は陸上自衛隊の特殊作戦群から派遣された秘匿任務部隊だ。日本政府は国賓である中国国家主席のために、これ以上ないほどの厳重な警備体制を敷いていた。

「隊長! 俺たちは丸腰なのに、中国人たちは拳銃携帯が許されているって本当ですか?」

「ああ、超法規的措置ってやつらしい。他言無用だぞ。そういえば、お前の嫁さんは中国人だったよな。あいつら一体何を考えてるんだ。教えてくれよ」

「俺の嫁さんは香港人です。両親が無実の罪で逮捕されて、日本に逃げてきたんです。中国は恐ろしい国ですよ。政府も弱腰だし、いつか日本も香港のようになるんすかね」

警備員に偽装した自衛官たちが囁き合っている。皆、日本国民を守ために志願したのであって、外国の、それも独裁者を守るために死んでは浮かばれない。それでも自衛官たちは、粛々と警備の任に着いていた。

中国国家主席は来日後、日中首脳会談、天皇陛下との会見と宮中晩餐会、首相主催の昼食会、経済団体幹部との会合などを精力的にこなし、いまはムネキヨたちの部隊が警備する中、国会の議場で議員たちに向かって長々と演説を行なっている。

その間、国会周辺では大規模なデモ活動が続いていたが、全国から召集された機動隊によって阻まれ、抗議の声が国家主席に届く様子はない。

   *

「中国側が1ヶ月以内に天皇陛下御訪中を実現するように、かなり強硬に日本側を恫喝しているらしくて、宮内庁へ急遽打診があったよ。陛下はかなり困惑されているみたい」

マイから、恐るべき情報が伝えられた。このタイミングでの中国訪問が極めて危険であることは、中学生でもわかる。

「ムネキヨよ、そろそろ回天の英雄を見つけることはできたかのう」

唐突に、羽織袴姿の水戸黄門が現れた。

「ご、ご老公! どうやってここに入ったんですか」

「黙らっしゃい! 儂はこう見えても天下の…」

「いやいや、今それはいいですから! そんなことより大変です。中国側は天皇陛下を政治利用しようとしているみたいです」

僕と水戸黄門がコソコソ話しをしていると、日本人警備員の隊長が近づいてきた。

「おい! 何をやっている。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「ふむ。仕方ないのう。助さんや、あれを見せてやりなさい」

「へ? なんですか?」

「おっほん! あれじゃ、印籠じゃ」

「はあ…」

しぶしぶ、僕はポケットから葵の御紋がついた印籠を取り出して隊長に見せた。

「こ、これは! 失礼しました」

どういうわけか、隊長はあっさり踵を返したかと思うと、無線で日本人警備員たちを招集した。

「みんな、よく聞いてくれ。いま入った情報によると、中国人警備員の中に国家主席の暗殺を計画している者が紛れ込んでいるそうだ。国家主席が議場を出たところで、随行している5人の警備員を全員拘束する」

警備員に偽装した自衛官たちが無言でうなずき、直ちに走る。

「え…。いったい何が起こってるんだ?」

そうこうするうちに、演説を終えた国家主席が拍手を背に議場から出てきた。屈強な中国人警備員たちがぴったりと寄り添っている。

「いまだ!」

隊長の号令の下、自衛官たちが一斉に中国人警備員へ飛びかかった。驚いた警備員が拳銃を取り出し、複数の銃声が聞え、数名の自衛官が倒れる。顔を引きつらせた国家主席が混乱から逃れようと、駆け出す。

「待て!」

皆が振り返ると、国家主席に拳銃を突きつける隊長の姿がそこにあった。一際鋭く銃声が響き、その場に、21世紀の独裁者がどおっと倒れ、血飛沫が舞った。

   *

「中国の独裁者を暗殺したのが自衛官だったなんで、都市伝説だと思ってたよ…」

「いまでも公式には民間警備員による誤射ってことになってるよね」

現実世界に戻っても、僕らの興奮は冷めなかった。

「みんな、これはあくまで、現時点でわかっている情報に基づくシミュレーショに過ぎない。実際そこで何があったかは、タイムマシンでも発明されないとわからないんだよ」

社会科教師である古畑の言葉に、マサルが質問する。

「じゃあどうして、こんな授業をやるんですか?」

「良い質問だ。それは、われわれが何のために歴史を学ぶのか、という問いに等しい。歴史なんて知らなくても生きていける。ただ生きるだけならな。キミたちにはそうでない人生を歩んで欲しいんだ。そのための学びを、この歴史VR授業で得てくれ」

はぐらかせれたような気がするまま、その日の授業を終えた。

(続く)



本山貴春(もとやま・たかはる)戦略PRプランナー。独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社事務局長。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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