水戸黄門時空漫遊記(漆)秘密戦士の告白

中学生になって二度目の夏休みを迎える直前、小さな事件が起こった。極端な人見知りでコミュ障の僕が、クラスの女子から交際を申し込まれたのである。それも、ロクに会話したこともなく、成績優秀という情報以外はよく知らない女子であった。

「ムッくん、シホからのメッセージ、見た?」

SNSのテキストチャットで深夜に送られて来た〈告白〉に返信しないまま登校すると、真っ先にマイが話しかけてきた。そういえば、告白の主であるシホと、よく僕に絡んでくるマイは親友と言って良いくらい、いつも行動を伴にしている。

「いやー。なんて返せば良いか分からなくて。見たのは見たけど、まだ返信してない」

「ひっどーい。すぐ返してあげなよ。せっかく勇気出して送ったのに」

「うん。わかったよ」

マイの剣幕に圧されてそう答えると、満面の笑みを残して自席に戻っていった。これまで、シホとは殆ど交流は無かったが、目が合うことはたまにあったし、部活も一緒だ。マイがやたらに僕に話しかけて来たのも、シホのためだったと考えれば合点がいく。その時、内心がっかりしている自分に気づいた。

   *

その日の歴史VR授業はこれまでで最も凄絶だった。

僕ら一班は二手に分かれ、昭和45年11月25日の東京に自衛官として潜入することになった。マサル、ヨースケ、リュウの三名は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地へ、僕とマイはM電機という、大手家電メーカーの工場へ配置された。

「どうして、ここなんだろうね?」

いつものごとく大した事前説明も受けないまま、歴史VRにログインさせられた僕らは、疑問を口にしながら顔を見交わしていた。僕は30代の自衛隊幹部、マイも婦人自衛官の身分を付与されていたが、自衛隊の制服を身にまとうわけでもなく、スーツ姿である。受付で防衛庁の名刺を出すと、そのまま工場長室に通された。

「いやー。わざわざ本庁から内局の方にお越しいただき恐縮です」

僕らが聴き出すまでもなく、工場長はよく喋った。

「なんといっても人手不足のご時勢ですからなあ。わが社も全国に毎年多くの自衛官出身者を紹介していただいておるようで。うちの工場だけでも、そろそろ五十名は越えるかも知れません。彼らは実に真面目に、よく働いてくれます。やっぱりアレですなあ。自衛隊さんでは教育がよく行き届いていらっしゃる」

工場長室には特大の石油ストーブが置かれているのだが、工場長は暑がりなのか、しきりにハゲ上がった頭をくたびれたハンカチで拭う。

「そうだ、せっかくお越しいただいたんです。作業場を覗いていってください。なんならお昼も一緒にとりませんか。うちの社員食堂は、こう見えてなかなか美味いんです。そうだ、それがいい」

工場長はやおら立ち上がると、さっさと扉へ向かった。その時、ドタドタと複数の足音が響いたと思うと、工場長室の薄い扉が勢いよく開けられた。

「工場長! 一大事です!」

「なんだね、君たちは! お客様の前で失敬じゃないか!」

「あ、申し訳ありません。工場長、先ほどラジオで…」

部屋に飛び込んできた作業着姿の若い男たちの一人がそう言いながら耳打ちすると、みるみる工場長の顔色が変わった。

「た、大変だ…」

そう言いながら、応接セット脇に鎮座する、小さくてずんぐりした形のモニターに近づき、スイッチを入れた。

「これって昔あった〈テレビ〉っていうやつじゃない? 私、博物館で見た覚えがあるよ」

そういえば聞いたことがある。昔は、動画配信は電波塔から各家庭の受信機に直接行われており、しかも片方向だった。昭和後期といえば、〈カラーテレビジョン〉が普及した時代ではなかったか。モニターに映し出される映像は酷く不鮮明であり、音声も雑音が多い。工場長がモニター横のダイヤルのようなものを摘んで回す度にノイズが聴こえる。

『…自衛隊、市ヶ谷駐屯地に、作家の三島由紀夫らが乱入し、人質をとって立て籠もっている模様です…』

僕らが使っている電子教科書にも大書されている〈楯の会事件〉が、いまこの瞬間に起こっているのだ。別名、〈三島事件〉ともいう。ノーベル文学賞候補にもなった昭和を代表する文豪・三島由紀夫が、学生四名を伴って自衛隊に立て篭もり、クーデターを訴え、自決した。たしか、そんな事件だった。これまでに何度も映画化され、数年前に人気俳優が三島役を演じた大河ドラマは大ヒットしている。

その時、僕はモニターを見つめる男たちの異様な雰囲気に気づいた。一言も発せず、一様に真剣かつ深刻な表情で、食い入るようにモニターの前に佇んでいる。中には硬く拳を握りしめ、微かに震えている者もいる。数えてみると、工場長室に乱入して来たのは5名の、いずれも若い男たちだった。

「工場長、今すぐ工員全員を駐車場に集合させてください!」

作業着の男の一人が叫ぶと、工場長が憤怒の形相で振り返った。

「き、キミ! 一体何を考えとるんだ!」

その場を沈黙が支配したかと思うと、工場長のデスクに置かれた黒電話がけたたましく鳴り、工員の一人が飛びつく。

「…了解」

それだけの受け答えで、受話器を置く。

「本部からか?」

「ああ」

「何だって?」

「命令系統を、守れ、だと」

「…そうか…」

「…しかしっ…!」

男たちは一様に鎮痛な面持ちで、歯がみをしている。

「市ヶ谷に一番近い拠点は、ここだ。俺たちが起てば…!」

男の一人がソファーに腰掛けたままの僕らにようやく気づいた様子で、別の男に目配せする。

「工場長、こちらのお客様は…」

「ああ、防衛庁のお偉いさんだ。キミらの元上司というわけだな」

それを聞いた瞬間、男の一人が工場長室の扉を静かに閉め、内側から鍵をかけた。

「お主ら、何をする気じゃ?」

振り返ると、工場長が一瞬にして水戸黄門にすり替わっていた。

「あ…あんた、誰だ?」

「ムネキヨ、教えてやりなさい」

僕は胸ポケットから印籠を取り出し、部屋にいる男たちに黙って見せる。その途端、彼らは先ほどまでと打って変わり冷静になった。そして、最初に飛び込んできた男が静かに語り始める。

「われわれは密命を帯びてこの工場に送られた、防衛庁第二部傘下の者だ。一朝ことが起これば、この工場に秘匿している武器をもって行動すべく、準備を重ねて来た」

驚くべき〈告白〉だった。別の男がさらに言う。

「われわれの任務は多岐にわたる。平時であれば、労働組合の極端な赤化を防ぐべく、監視し、工作している。東側からの浸透工作については、これを断固排撃する。間接侵略からの防衛は、表の自衛隊にはできないからな」

「有事にあっても、表の自衛隊だけでは国を守れない。そのため、工場労働者や会社員を中心とする民間防衛組織を構築する。民間企業から有志を募り、将来的には演習場での短期訓練も実施し、念願の予備役制度を復活させる。敵の直接侵略があれば、われわれが表の自衛隊を後方支援することになる」

水戸黄門は鷹揚に頷いて、さらに訊いた。

「つまりお主たちは、国家の非常時に備えて準備された〈裏の自衛隊〉というわけじゃな。それがなぜ、今日の〈立て篭もり〉にいきり立っておるのじゃ」

「それは…」

男たちが言い澱んでいると、モニターからアナウンサーの絶叫が聴こえてきた。

『…いま入った情報によりますと、作家の三島由紀夫氏が自殺を図った模様…生死は不明です…繰り返します…三島氏が自決を…』

「何ということだ…」

男の一人がその場に膝を突き、側の男がその肩に手を置いた。男たちは一様に肩を震わせ、涙を滲ませている。

「三島先生は、われわれの希望だった…」

「われわれは共に起つ筈だった。何年もかけて、訓練を重ねてきた。しかし本部は決断できなかった…。われわれは機を逸したのだ…」

「憲法改正、国軍再建の夢は失われた…」

「もう、俺たちが生きているうちには叶わない…」

僕は、やっとこの工場へ来た意味がわかった。歴史の裏にこんな事実があったことに心底驚いていた。楯の会事件は、右翼思想にかぶれた作家と学生が起こした、成功する可能性の全く無いクーデター未遂事件、という印象しかなかった。しかし自衛隊は憲法九条の下、多大な制約を受けながら密かに民間企業に秘密部隊を準備し、本物のクーデターを、この時代から計画していたというのか。

   *

市ヶ谷で〈表の自衛隊〉に潜入していたヨースケが不満げに言った。

「いやもう、野次や怒号がすごくってさ、三島由紀夫の演説なんて全然聴こえなかったよ」

マサルも感想を述べる。

「でも、真剣な様子はよくわかったよ。命を賭けている感があった。僕は心を打たれたな」

「リュウはどう思った?」

一人黙っているリュウに水を向けると、おずおずと答える。

「いや…とにかく騒々しくて、怖かった…」

「ムネキヨたちは、どうだったの?」

マサルに訊かれ、マイと顔を見合わせる。少し考えて、僕が答えた。

「いやもう、とにかくびっくりだよ。工場に自衛隊の秘密拠点があってさ、今にも三島由紀夫に呼応して決起しそうな勢いだった」

「それって、青桐部隊ってやつじゃないかな。歴史の本で読んだことがある。四年前に〈独立革命〉をやった自衛官グループの源流になった組織だよ」

「さすがマサル、詳しいな!」

訳知り顔に解説するマサルを、ヨースケがおだてる。

「でも…」

いつも快活なマイが、暗い顔で言う。

「あの人たち、本当に可哀想だった。大の男が泣くんだよ。三島先生、三島先生って…。独立革命って、あれから70年以上経っているわけでしょう? あの人たちは、願いが叶わないままになっちゃったんだよね…」

マイの瞳は涙をたたえていた。僕は、マイの心根の優しさに心を打たれた。

「戦後百年近くも、自衛隊は日陰者の扱いだったんだよね。少ない予算と人員をやりくりして、米軍のプレゼンスも低下していく中で日本を守るのは相当大変だった筈だよ。逆に、よく70年も耐えたよね。とっくの昔にクーデターをやっていてもおかしくなかったと思うな」

マサルの解説はもっともだが、何となく反論したくなった。

「それはわかるけどさあ、今の政府だって、〈非合法政権〉だとか言って批判する連中もまだまだいるわけでしょ? やっと去年、選挙を再開して民主主義の形は取り戻したわけだけどさ、そう度々クーデターなんかやってたら国が保たないんじゃないかな」

「政府批判があるのは、言論の自由がある証拠だよ。臨時政府は独立革命の直後から完全に情報公開して、真っ先に言論の自由と人権を保障したからね。それに、前の政府は外国の核攻撃からも日本を守れなかったし、都市部も無差別テロで無秩序になってたんだから。そこまで行ったら軍隊が出るしかない」

僕らが生まれる少し前、関東・中部地方は大地震と津波で壊滅し、同じ年に神戸が北朝鮮からの核攻撃で破壊されたのだった。破壊からの再生を担ったのが、自衛隊だった。だから、国民の大多数は自衛隊による臨時政府設置を歓迎し、憲法停止も支持した。

「そうだな。マサルには敵わないよ。じゃあ、部活の時間だから」

僕は白旗を挙げ、教室を後にする。

「待ってよ」

同じ剣道部のマイが追ってくる。

「シホのこと、どうするの?」

そういえば、完全に忘れていた。

「正直、よく知らないし、興味ないんだよね」

「えー。ひどい。そんな薄情な人とは思わなかった。ひょっとして男が好きなの?」

「なんでそうなるんだよ」

僕は立ち止まって、マイに向き合った。

「マイには興味あるよ」

「何それ、バカにしてる?」

眉をひそめる表情も可愛い。僕は照れ隠しに、武道場へ向けて走り出した。

(続く)








本山貴春(もとやま・たかはる)戦略PRプランナー。独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社事務局長。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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