【書評】植田幸生『さらば戦後精神』〔展転社〕

本書はそのサブタイトル「藤田省三とその時代」が示すやうに、藤田省三といふ戦後のわが国における反体制派の学者が宣伝に努めた「戦後精神」に刃をむけ、それへの痛烈批判を展開する快著である。

なにゆゑに快著と称するのか、その点については、まづ著者が藤田省三の直弟子であり、藤田が法政大学で教鞭をとつてゐたときの教へ子であるといふことがあげられる。すなはち、身内からの的確な攻撃、反乱なる姿勢が本書を一貫する基調と私などには捉へられるからである。ただ、身内の定義は定まつてゐるわけではないので、たんに教へ子といふのが的確な表現かもしれないが、本書の価値を高めるために身内と表現したい、そのはうが興奮を覚えるからである。

つぎに、本書の書き振りであるが、文献を丹念に拾ひ出し、かつ簡を得て要を抉る文章であることを挙げ得る。戦後のわが国が抱へた不幸な社会の真実相を、占領政策に如同させざるをえなかつた宿命の構図として解明し、その点を分かり易く述べた、さうした点において快著と称したいのである。

さて、藤田省三といふ人物であるが、世上あまり知られてゐないかもしれぬ。故人たる藤田に失礼になるが、政治・思想に関心を持ち、戦後思想史、いはゆる進歩的文化人といはれる存在に興味を示してゐたものには、有名な存在であつたらう。したがつて、進歩的文化なる語が藤田の存在意義として大きくのしかかつてくるのである。

この点において、藤田は丸山眞男に私淑し、東大法学部に入学し、三年後に丸山ゼミに入るのであるが、そもそもここからが戦後精神につながる根本をなすもののやうだ。

丸山は敗戦後の昭和二十一年四月に発行された雑誌「世界」五月号に「超国家主義の論理と心理」を執筆した。

この論文に大いなる感動を受けたのが、かつての軍国少年、藤田である。この丸山論文に対する著者の分析は、雑誌発行元の岩波書店の営業政策の影響を指摘して余りある。その岩波書店の営業政策は、

①書店の存続及び吉野(源三郎、「世界」編集長・同書店幹部)を含む社員、従業員の職業の確保と生活の保障。
②GHQの占領政策に合致した社の経営方針の確立。
③戦後戦中を通じて吉野が抱いてゐたマルクス主義を容認する範囲での民主主義理念、思想の普及。
④吉野自身の投獄経験から発する復讐心に基づく日本国家への報復。(77~78頁 原文現かな 以下同)

であり、その政策にうまく活用されたのが丸山眞男なのだとなる。

そして、ここからが本書の白眉に当たると私は思ふのだが、丸山論文を受け、藤田がなにゆゑに其の論旨を受け容れるにいたつたか、その理由と心理について、著者は以下のごとく説明するのである。

第一に知識人やその予備軍としての学生は、当時の日本社会においては希少価値をもち、ゆゑに自己を他の一般大衆よりも価値の高い特権的存在として規定する根拠をもつてゐた。
第二に丸山の文章に心を捉へられた当の知識人や学生の知性や教養の内実が問題であり、それが様々な困難と対峙した際、実際の行動としてどのやうに現れたかが問はれる。(中略)基本的には西洋の観念や言葉を翻案して政治的体裁と体系化を試みたものと一括しうる。
第三に日本の敗北が原爆や都市無差別爆撃の惨状を含む完膚なきものであつたため、勝利者アメリカに対する畏怖心が卑屈や羨望をも含めて強烈に生じたこと。
第四に見えざる保身の論理としての効用である(93~100頁)。

以上の四ヶ条に亘る理由は、なるほどと思はせる説得力をもつ。

そして、このなか、第三・第四の理由は、藤田などの知識人やその予備軍にのみ限定される理由とは思はれないのであるが、多くの一般国民においても同様な心理を構成してゐるといつてよからう。すなはち、敗戦がもたらした哀しい負け犬根性の結果、一番大きく影響を被つた犠牲者が藤田などの高学歴知識人および学生なのであつた、とする説には、これはまつたくさうであらうと思はれるのである。

丸山から決定的な影響を受けた藤田であるが、そののちのわが国の展開、たとへば六〇年安保や高度経済成長期などの社会状況に如何に対応していつたかにつき、詳細な解説がふされつつ、著者の目から見る藤田批判の説示は、読者をして飽きさせぬ力量を示すのである。

戦後思想を担つた進歩的文化人、戦後知識人の存在は、残念ながら認めざるをえないが、しかし、我が国人の名誉のために、さうした文化人ばかりが存在したのではないことも言い添へる必要があるのである。とともに、進歩的文化人の名称に対し、その欺瞞性を抉りだし、進歩的がただちに文化人であるとする何者かのプロパガンダを拒否し、進歩とはなにか、文化とは何か、この点の真実相を問題にするべきではなからうか。

たとへば、この点で強調しなければならないのは、文化や文化人について、現行祝日法に記されてゐる「十一月三日 文化の日 自由と平和を愛し文化をすすめる」立場のこと、またさうした文化をすすめる人物と同じと思ひ込み、特定の反戦平和の日としてありがたがつてゐる国民に、対応を迫る作業をも合はせ、強力に実践せねばならないことである。

文化の日を明治の日に改める活動も、かうした線上で理解把握するべきなのである。

その他、本書には天皇制や国体に関する言葉がみられるが、ただ本書が藤田を通して戦後思想への批判を展開するのが眼目である以上、天皇、国体への本格的言及はもちろんない。当然のこととはいへ、本書で発揮された著者の確かな筆致からすれば、いづれいつの日にか本格的に国体論に挑んでいただきたいと、強く念願するところである。

著者植田幸生氏とは、縁なく未だ面識を得ぬが、かうして著書を通してその謦咳に接し、多大な感銘をうけるのは、読者冥利につきるといふものである。

以上で、本書の一読をお奨めする所以につき、一筆した次第である。

相澤宏明(あいざわ・ひろあき)日本国体学会理事・《明治の日推進協議会》事務局長

『国体文化』(平成26年11月号)所収

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