未来小説「恋闕のシンギュラリティ」【04】硝子の神社

日本版CIAの斯波さんに伴われて車で久山町へ向かった。そこに政権与党の事務総長がいるのだという。しかし今日は宗像に行ったり久山に来たり、なんだか忙しい。

「その…国民なんとか党でしたっけ? どうして僕がその人に会わないといけないんですか?」

「今年、飯倉さんをコールドスリープから目覚めさせる決定を下したのが、その方なんです」

もう少し突っ込んで聞きたかったが、ちょうど目的に到着したようで、車が駐車場に入った。田園地帯の中に白木の鳥居が立ち、その奥に奇妙な建物が見える。参道を進むと中心に階段があり、2階部分が全面ガラス張りだ。斯波さんに促されて階段を上ると、その屋内には白い玉砂利が敷き詰められており、まっすぐ伸びた参道の突き当たりに小さな祠がある。

「…ここは、神社ですか?」

「はい、そうです。1階部分が半地下の社務所になっております」

そして祠の前では神主の装束を纏った男が座り込み、瞑想しているようだ。僕らはその後ろに暫く佇んだ。

   *

「美洲(みしま)神社へ、ようこそお参り下さいました。飯倉清明さん」

瞑想を終えた男は、そう言いながら僕らを振り返った。口髭を蓄え、眼光が鋭い、60歳前後の男である。

「この方が、国民独立党の本田邦成事務総長です」

「え、神主さんが?」

「どうも。こんな格好をしておりますが、正式な神職ではないんです。いまは田舎の神社に奉職いただける方も少なくてね。宮司代行で、お祀りをさせていただいております。今日はこんな辺鄙なところにご足労いただき申し訳ない。清明さんには是非お参りいただきたいと思いまして、お呼びだてした次第です」

この事務総長、髭面で少し強面かと思ったが、見かけによらず腰が低い。

「ずいぶん変わった神社ですね。境内が丸ごと空中に浮かんでいるように見えました」

ちょっとオーバーな表現かも知れないが、率直にそう見えたので言うと、本田事務総長は嬉しそうに微笑んだ。

「普通の神社には拝殿がありますが、ここは小さな本殿しかありません。その代わり、境内全体をガラスで覆って、神域としているのです。最近ではこの様式の神社も徐々に増えているんですよ」

「ところで、どんな神様をお祀りしてあるんですか?」

「それは、お参りいただければわかります」

そう言うと本田事務総長は祠に姿勢を戻し、大きく柏手を打って祝詞を唱え始めた。すると、祠の扉が自動的に開き、丸い鏡が姿を現した。

「え、どうなってるんですか?」

「頭をお下げください」

斯波さんに小声でたしなめられて、慌てて頭を上げながら、上目遣いに鏡をみる。すると、ぼんやりと人の顔が浮かんできた。一瞬超常現象かと思ったが、どうやら鏡と思ったものは、一種のモニター装置になっているようだ。

その顔は、短髪で眉が太く、やや面長で、口をきっと一文字に結んでいるギョロ目の壮年男性だった。どこかで見た顔だ。すると今度は、祠から男性の明瞭な声が聴こえてきた。

『かけまくもあやにかしこき
 すめらみことに伏して奏さく
 今、四海必ずしも波穏やかならねど
 日の本のやまとの国は…』

「畏れながら申し上げます」

本田事務総長が平伏したまま声を発すると、声が止んだ。

『ああ、今日はどうしたんだね?』

「以前申し上げておりました、飯倉清明様がお越しです」

『そうか。飯倉清明君、会えて嬉しいよ』

鏡の中の人物が僕の方に顔を向け、軽く会釈する。

「え…と、この人とビデオチャットで繋がっているんですか?」

「この方が、当社の御祭神、三島由紀夫之命です」

   *

「三島由紀夫って、あの作家の三島ですか?」

境内からエレベーターで半地下の社務所に移動し、出されたお茶を飲みながら質問する。そういえばあの顔は、国語の副読本で見た記憶がある。

「そうです。この美洲神社は、昭和45年に市ヶ谷で自決した三島由紀夫、森田必勝両烈士を主祭神としております」

「その…神様がどうして喋るんですか? しかもこちらと受け応えもできるなんて…」

「飯倉さん、あなたが連れている猫と同じですよ。ご神鏡に人工知能を搭載しているのです。正確に言うと、ご神鏡がデバイスで、本殿の中にパソコンを設置しています。その中に、御祭神に関するあらゆる情報を入力して人格を再現したAIをインストールしているというわけです」

「ペットだけじゃなくて、神様までAIになっちゃったんですね」

「ははは、そうですね。ご神託を直接受けられるのみならず、作家・三島由紀夫の新作小説を読むこともできます。もっとも、やはりそこはAIの限界か、本物ほど面白くはありませんがね」

ありがたいのか何だか、よくわからなくなってきた。

「もしかして、他の神社もこうなっているんですか?」

「さすがにそれはありません。おそらくまだ当社だけでしょう。しかし人格AIはむしろ歴史研究の分野で活用されています。情報が多く残っている歴史上の人物ほど正確に再現できますからね。なぜあの時、あのような決断を下したのかなど、あくまで仮定に過ぎませんが、分析することができるからです」

と言うことは、歴史上の謎とされているようなことも、AIによって解明されつつあるのかも知れない。

「それだけではありません。われわれは現在、歴史そのものをシミュレートするプロジェクトを進めています。かつて物理学の世界では、全宇宙のあらゆる現象はあらかじめ決まっているといわれていました」

そういえば、高校のとき物理の教師がそんな話をしていた。僕は理数系が苦手だったが、そこだけは覚えている。

「この、ラプラスの悪魔という概念は後に量子力学によって否定されましたが、プロジェクトでは歴史的な因果律を可能な限りスーパーコンピューターで計算して再現しようとしています。さすがに全宇宙はまだ難しいのですが、日本史の遡及的再現を試みているところです」

「遡及的とは?」

「現代から徐々に遡って逆算的に再現するということです。いまやっと戦国時代くらいまではできている筈です。仮想現実空間になっていますので、タイムスリップした気分を味わうことができますよ」

「僕なんかは、すでに未来にタイムスリップした気分ですよ。しかし、歴史研究のためだけにそんな大掛かりなことをされているんですか?」

「…なかなか鋭いですね、飯倉さん。実はいまわれわれは、新国家建設のための改革に取り組んでいるところなんです。今年で大東亜戦争終結から100年。名実ともに独立を回復したとはいえ、百年前の国家体制に戻すわけにも行きません。世界も日々激変しています。新しい世界情勢に対応しつつ、日本民族が幸せに暮らしていける国家とはどのようなものなのか、歴史から学び、探ろうとしているのです」

「事務総長」

黙っていた斯波さんが本田事務総長とアイコンタクトをとり、僕に向き直して厳かに言った。

「この歴史シミュレーターについては国家機密になっていますので、くれぐれも口外されないようにお願いします」

「はい…わかりました。僕には話し相手になる友人もいませんけど。でもどうして、そんな大事なことを僕に? 新しい仕事と何か関係があるんですか?」

「飯倉さん」

本田事務総長が話を続ける。

「あなたには、この歴史シミュレーターの中に入っていただきたい。そして、いまの日本に欠けているもの、われわれが失ったものが何なのかを見つけていただきたいのです」

新しい仕事の内容に気を取られて、なぜ僕が30年も眠らされたのか、そしてなぜ今になって目覚めさせられたのか、肝心なことを聞きそびれてしまった。

   *

数日後、僕は再び内閣府のビルへ招かれ、中央情報局が管轄する最深部へ入った。そこに歴史シミュレーターはあるという。ここで一週間ほど仮想現実空間を旅する予定だ。オリエンテーションしてくれているのは、例によって斯波さんである。

「お二人には、3パターンの仮想時間軸に行っていただきます」

僕の隣には、白いワンピースを着た高校生くらいの年頃の女の子が座っている。特別美人というほどではないが、上品かつ可憐で、素朴な感じの子だ。

「3パターンってどういうことですか? 本田さんはタイムスリップみたいなものだって言ってましたけど」

「歴史シミュレーターは、われわれが辿った現実の歴史を再現することだけが目的ではありません。歴史上のターニングポイントとなる局面で異なる選択がなされた場合に、その後がどのように変化するのかを探り、あらゆるパターンで変わらない要素を導き出すのが目的です」

「変わらない要素? そんなものあるんでしょうか?」

「あると信じています。われわれはそれを【国体】と呼んでおります」

「コクタイ? って何ですか?」

「【くに】の【からだ】と書きます。国家の歴史、伝統、文化に基づく、国のあり方を示すものです。飯倉さんは憲法学も学ばれましたよね?」

ギクリ。確かに学んだが、国体なんて習った記憶がない。

「憲法学でいうところの、【不文憲法】が、国体の概念に近いと言えるでしょう。もっとも、国体の概念は明治維新で近代憲法が導入される以前から、水戸学などで研究されていました。それが幕末の尊皇攘夷運動に繋がるのです」

不文憲法か。たしかに習った。憲法というのは、憲法と名がつけば憲法になるのではない。最初の立憲君主国である英国に憲法典が無いのがその証拠だ。歴史的文書や、裁判所の判例や、政治的習慣の積み重ねが憲法を形成するという、憲法学の基礎的な考え方である。

「まあ、難しい話はこれくらいにして、お二人に見ていただく世界について説明します」

話を聞きながら、隣の女の子が気になる。名前は『恋子』とだけ名乗ったが、詳しい紹介はなかった。僕のように斯波さんの話にいちいち驚くふうもなく、平然と聞いているように見える。

「一つ目は、わが国が大東亜戦争で敗北しなかった時間軸です」

「すいません、大東亜戦争って…太平洋戦争の戦前の呼び方ですよね?」

「はい、そうですね。第二次世界大戦における対英米戦争、および支那事変を包括して、現在では大東亜戦争と正式に呼称しております」

ごく当たり前のことのような顔をして、斯波さんが言う。

「続けますね。二つ目は、明治維新が起こらずに徳川幕府が存続したまま近代化した日本です」

明治維新が無かったら…。想像がつかないが、少年漫画でそんなものがあった気がする。たしか、幕末に宇宙人が攻めてきて、幕府を傀儡政権にしてしまう話だ。

「そして三つ目はさらに遡ります。織田信長が本能寺で自刃しなかった場合の日本です」

「え! そんなに遡ると、歴史がどうなるかはかなり不確定なんじゃないですか?」

「もちろん、仰せの通りです。実際の安土桃山時代がどんな様子だったのかも研究途上ですからね。それに、ターニングポイントが遠くなるほど現実の歴史とは違ってしまうでしょう。しかしそれでも共通するものが何かを探ると言うのが、この研究の目的なのです」

「はあ…しかし、僕と、彼女がそんなVR空間に入って、一体何をするって言うんですか?」

「お二人には、それぞれの時間軸の外部要因となっていただきます。さっき申し上げたパターンになるように歴史に干渉し、そこから西暦2019年まで移動して、その時代の日本を体感する、というわけです」

「歴史に干渉!? そんなことできるんでしょうか…。危ない気が…」

「ですから、お二人で行っていただきたいのです。まあ、もし失敗して殺されても、実際に死ぬわけではありませんのでご安心ください」

殺されても…って、どれだけリアルなVRか分からないが、怖い。

「主な作戦は恋子さんが実行しますので、清明さんはしっかりサポートをお願いします」

「作戦…! この子がですか?」

「彼女は高度な訓練を受けた超一流のエージェントです。上司である私が保証します」

(続く)

本山貴春(もとやま・たかはる)戦略PRプランナー。独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会副代表。福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社事務局長。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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