福澤諭吉に学ぶ 個人が自立して現代社会で戦う道とは(3)

学問のすゝめ

「智恵」を重視する福澤の姿勢は、かの有名な『学問のすゝめ』にも通底しています。

明治5年(1872)に発表された初篇から明治9年(1876)に発表された十七篇まで断続的に発表された同書は、当初の8年間で、初篇に限っても20万部、全編合わせて70万部が売れたと言われています。

当時の人口からすると、国民の160人に1人がこの本を手に取ったという勘定になります。現在の人口に換算すると約75万冊。当時は文字の読めない人もいましたから、超ベストサラーになったということですね。

この『学問のすすめ』は、先にも触れた有名な一節、

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言へり」

から始まります。けれども、福澤の本心はその次にあります。

「されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。」

人間は生まれながらに「平等」と云われるが、実は全然そうじゃないよね、頭の良いヤツも居れば悪いヤツも居る、金持ちも居れば貧乏人も居る、身分の高い人間も居れば低い人間も居る、現実世界は不平等じゃないか、と言うわけです。

それはオカシイ、現実世界における不平等を解消する努力をせねばならない、と社会主義者のようなことを福澤は言いません。福澤の視線は、そうした現実世界における不平等が生じる背景に向けられています。

「身分重くして貴ければ、自づからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるやうなれども、その本を尋ぬれただその人に学問の力あるとなきとに由つてその相違も出来たるのみにて、天より定めたる約束にあらず。(中略)人は生まれながらにして貴賤の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」

全く以て身も蓋もない発言です。勉強したヤツが金持ちになる、成功する。逆に、失敗したのは勉強しなかったからだと。

福澤は、「すべて心を用い心配する仕事はむつかし」という前提に立っています。「心を用い心配する仕事」すなわち「智徳」を働かせる仕事は難しい。難しい仕事を遂行し、社会に貢献できる人材は貴重である。それゆえ、仕事の対価として得られる報酬も多い。こうした相関関係を、福澤は語っているのです。

だから、「経済的に成功したいなら勉強しろ」、という話になるわけです。これが「学問のすゝめ」の核となる思想です。

では、勉強なら何でも良いのかと云えば、そうではない。それを見極めなければならないのだ、と言います。

実学主義

福澤が、重視したのは「実学」です。

「学問とは、ただむつかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言ふにあらず」

『学問のすゝめ』が書かれた明治時代の初期には、江戸時代に教育を受けた儒学者や国学者が居るわけです。そうした人々は、難しい漢文や和文が読めたり、スラスラと和歌が読める。けれども、福澤が求める「学問」は、そういうものではありません。

「これらの文学も自づから人の心を悦ばしめ随分調法なるものなれども、古来世間の儒者和学者などの申すやう、さまであがめ貴むべきものにあらず。古来漢学者に世帯持の上手なる者も少なく、和歌をよくして商売に巧者なる町人も稀なり」

それらは無意味ではないけれども、それらは半ば趣味のようなもので、金儲けのタネにはならない。現に、儒学者や国学者は生活者としての能力に乏しいではないかと、福澤は指摘します。

「されば今かかる実なき学問は先ず次にし、専らなり勤むべきは人間普通日用に近き実学なり」

だから、まず優先して行うべきは、日常生活に直結した「実学」であると福澤は主張します。

中流階層と国家独立

そうした「実学」を身につけ、社会的に貢献する存在たり得る存在として、福澤は、ある程度の経済的な余裕を有する「中流階層」に着目します。

「国の文明は上(かみ)政府より起るべからず、下(しも)小民より生ずべからず、必ずその中間より興て衆庶の向う所を示し、政府と並び立ちて始て成功を期すべきなり」

一国における「文明」は、上から押し付けられるものではないし、かと言って、下から盛り上がってくるものでもありません。

「西洋諸国の史類を案ずるに、商売工業の道、一つとして政府の創造せしものなし、その本は皆中等の地位にある学者の心匠に成りしもののみ」

商売工業の道、いわゆる第二次産業・第三次産業の中に、政府がゼロから作り出したものはなく、それらは皆、中流階層たる「学者」のアイディアから生まれたものだ、と福澤は指摘します。

福澤の言う「学者」とは、大学や研究機関で禄を食んでいる職業研究者とは限りません。福澤は、蒸気機関を発明したジェームズ・ワット、鉄道をジョージ・スチーブンソン、近代経済学の祖であるアダム・スミスを挙げていますが、アダム・スミスを除く二人は技術者であり、大学で学んだことすらないのです。

要するに、国家を統治するエリートでもなければ、日々の労働でクタクタになってしまう人々でもなく、ある程度の経済的余裕を有し、自らの知識で社会に何らかの貢献をしようとする「中流階層」が国の「文明」を支えるのだ、と福澤は主張するのです。

自助と共助

もちろん、そうした「学者」のアイディアを活かすには、資金が必要です。この点について、福澤は次のように述べています。

「その工夫発明、先ず一人の心に成れば、これを公にして実地に施すには私立の社友を結び、益その事を盛大にして、人民無量の幸福を万世に遺すなり」

「公」の力に頼るのではなく、「私立の社友を結び」すなわち仲間同士が「共助」することが大事だというのです。

このように、「中流階層」によってリードされた国民が「公」に頼ることなく自立することが出来れば、そうした国民からなる国家は他国に依存することを是とはせず、結果として国家も自立することが可能になるはずです。それゆえ、福澤は、次のように述べるのです。

「士農工商各その分を尽し銘々の家業を営み、身も独立し家も独立し天下国家も独立すべきなり」

官尊民卑の誤り

福澤は、このように論ずるだけでなく、慶応義塾や時事新報などを実際に経営します。また、その弟子たちも生命保険会社や電力会社など実業界で活躍しました。

そうした福澤にしてみれば、民間より政府を上位と見做す「官尊民卑」の風潮は許し難いのです。こうした「官尊民卑」の風潮は、如何にして生じるのでしょうか。

「政府に非ざれば決して事をなすべからざるものと思ひ、これに依頼して宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ」

政府に奉職しない限り、国を動かし、あるいは社会に大きな影響を与えることはできない、というのは思い込みではないか。民間にあっても、国を動かし、社会に大きな影響を与えることはできる。帝国大学を出て官僚になるだけが人生じゃないよ。 ― と、福澤は言うのです。

親方日の丸

そもそも、政府が運営するより民間に任せた方が良いこともあります。

「親方日の丸」という言葉がありますね。最近は使われなくなりましたが、親方=雇用主が日の丸=政府だから潰れる心配がなく、そのため、努力を怠りがちだという意味です。その典型が、かつての国鉄でした。

JRが民営化される前の国鉄時代、地方都市における列車の本数は今のように多くなかったのです。今から30数年前、私は名古屋に住んでいたのですが、母方の親戚の住む岐阜に行く場合は、国鉄ではなく私鉄(名古屋鉄道)に乗っていました。ここ福岡からから久留米や大牟田に行く場合もまた、国鉄ではなく私鉄(西日本鉄道)を使うことが殆どだったと思います。

それが、今はどうでしょう。赤字ローカル線の維持など民間単独で出来ないことはともかく、出来る限り民間でやった方が良いのです。

政府の奴隷

何でもかんでも政府に頼ろうとする根性が抜けない限り、国民の自立など「夢のまた夢」です。

「世の人心益々その風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂(へつら)ひ、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体見るに忍びざることなり」

「日本にはただ政府ありて未だ国民非ずと言ふも可なり」

政府はあるけれども、それに匹敵する国民は居ない。政府に依存している限り、その過ちを批判することは出来ない。それでは、政府の奴隷と違いないではないか、と福澤は人々の覚醒を促します。

(つづく)

金子宗德(かねこ・むねのり)里見日本文化学研究所所長/亜細亜大学非常勤講師


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